見積もりに来てもらった業者から、その場で契約書にサインしてほしいと言われ、断りきれずに署名してしまった。翌日になって別の業者の見積もりの方が安いと分かり、解約を申し出たところ、契約書に書かれた「キャンセル料20%」を理由に高額な請求をされた——こうした相談が、国民生活センターには繰り返し寄せられている。契約書に一度サインした後でも、法律上まだ引き返せる期間が残っていることがある。
遺品整理の契約には、性格の異なる二つの契約が混ざっている
遺品整理を業者に依頼するとき、契約書が一枚であっても、そこには法律上性格の異なる二つの取引が同居していることが多い。ひとつは、荷物の搬出や清掃といった「作業」を頼む役務提供契約であり、もうひとつは、着物や骨董品、貴金属など換金価値のある遺品を業者に買い取ってもらう売買契約である。この二つは、後から契約を取りやめたいと思ったときに適用される法律のルールが異なる。作業の契約は特定商取引法が定める「訪問販売」、買い取りの契約は同じ法律の中の「訪問購入」という別の章で規律されており、それぞれにクーリング・オフの規定が置かれている。まずこの二つを分けて考えるところから整理する。
「作業」の契約は訪問販売のクーリング・オフの対象になる
業者が消費者の自宅などを訪れて契約を結ぶ形態は、特定商取引法上の「訪問販売」にあたる。訪問販売については同法9条にクーリング・オフの規定があり、法律で定められた事項を記載した契約書面を受け取った日を1日目として数えて8日以内であれば、消費者側は理由を問わず、書面または電子メールなどの電磁的記録によって申し込みの撤回や契約の解除を通知できる。法律事務所の解説によれば、この期間内であればすでに支払った代金の全額返還を求めることができ、業者側は違約金や損害賠償を請求できない。契約書面に法律が求める記載事項(クーリング・オフに関する告知など)が欠けている場合は、書面を受け取った日からの期間そのものが進行しないと解釈されている。
遺品整理は「特定継続的役務提供」ではない、という区別
継続的なサービス契約のクーリング・オフというと、エステや語学教室のような「特定継続的役務提供」を思い浮かべる人がいるかもしれない。しかし消費者庁の特定商取引法ガイドが定める対象は、エステティック、美容医療、語学教室、家庭教師、学習塾、パソコン教室、結婚相手紹介サービスの7業種に限られており、遺品整理はここに含まれない。つまり遺品整理の作業契約は、中途解約に関する特定継続的役務提供特有の精算ルールの対象にはならず、あくまで通常の訪問販売としてクーリング・オフの可否を判断することになる。
「見積もりのために呼んだだけ」でもクーリング・オフはできるのか
業者側の説明の中には、消費者が自分から業者を呼んだ場合はクーリング・オフの対象外になる、というものがある。これは特定商取引法26条6項1号が定める適用除外を指していると考えられるが、消費者庁のQ&Aは、この除外が働くのは消費者が自宅で「契約の締結」そのものを明確に依頼した場合に限られるとしている。国民生活センターが公表した遺品整理サービスの契約トラブルに関する報道発表資料(2018年7月19日公表)も、単なる見積りのために訪問を依頼した業者からその場で契約を勧められた場合は訪問販売に該当し、特定商取引法の規定が適用されるという考え方を示している。見積もりを頼んだだけで契約するとまでは約束していなかった、という遺品整理のほとんどのケースは、クーリング・オフの対象になると考えてよい。
遺品を「買い取ってもらった」場合は、別の規定(訪問購入)が働く
業者が自宅で遺品を査定し、その場で買い取る契約を結んだ場合は、特定商取引法58条の4が定める「訪問購入」にあたる。訪問購入にもクーリング・オフの規定(同法58条の14)があり、書面を受け取った日から8日以内であれば契約を解除できる点は訪問販売と同じである。ただし対象になる物品には限りがある。東京都の消費生活相談窓口の解説によれば、自動車(二輪車を除く)、家具、家電製品、本・CD・DVD・ゲームソフト類、有価証券は特定商取引法施行令第34条により訪問購入のクーリング・オフの対象から外れている。逆に言えば、これらに当たらない着物、貴金属、骨董品、美術品、時計といった品目は対象に含まれる。遺品整理で買い取りの話が出やすいのはまさにこうした品目であり、実務上はクーリング・オフが機能する場面が少なくない。さらに、クーリング・オフの期間中は代金をすでに受け取っていても物品の引き渡しを拒むことができるという規定(58条の15)もある。業者から「買い取った品物はすでに転売してしまった」と説明されても、期間内であれば代金を返して品物の返還を求めることができる。
通知の方法と、8日を過ぎてしまった場合
クーリング・オフは口頭の申し出だけでは記録が残らず、後にトラブルになりやすい。はがきや内容証明郵便、業者が電磁的記録での通知を認めている場合はメールなど、書面に準じる形で「契約を解除する」という意思をはっきり伝える必要がある。経済産業省九州経済産業局は、事業者から「もうクーリング・オフの期間は過ぎている」「この契約は対象外だ」といった事実と異なる説明を受けて行使を妨げられていた場合には、8日を過ぎていても解除できる可能性があるとしている。契約書を見て「期限が過ぎているから仕方がない」と諦める前に、契約書面そのものに不備がなかったか、業者からの説明に誤りがなかったかを振り返る余地がある。
クーリング・オフの期間が過ぎていても、契約自体を取り消せる場合がある
訪問販売のクーリング・オフは、書面を受け取った日から8日間という限られた期間の制度である。これとは別に、消費者契約法には契約そのものを取り消せる救済手段が用意されている。業者に「もう帰ってほしい」と伝えたのに居座られて契約させられた場合や、「帰りたい」と申し出たのに帰してもらえないまま契約させられた場合は、同法4条3項1号(不退去)または2号(退去妨害)にあたり、契約を取り消せる可能性がある。消費者庁の逐条解説は、この取消権を誤認や困惑の状態を脱した時から1年以内、契約を締結した時から5年以内であれば行使できるとしており、この期間は法律実務の解説記事でも確認できる。遺品整理の見積もりや契約が、故人を悼む間もない慌ただしい時期に、業者に強く勧められるまま進んでしまったと感じる場合には、8日間のクーリング・オフだけでなく、この取消権も検討の対象になる。
国民生活センターに寄せられている遺品整理サービスのトラブルの実態
前述の2018年の報道発表資料によれば、遺品整理サービスに関する相談件数は2013年度の73件から2016年度には114件まで増え、2017年度も105件と高い水準で推移していた。資料が紹介する事例には、見積もりの場で「今日決めれば安くなる」と契約を急かされたケース、他社の見積もりと比較してキャンセルを申し出たところ17万円もの違約金を請求されたケース、当初14万1000円だった見積もりが作業当日の追加請求で約32万円まで膨らんだケース、「処分しないでほしい」と伝えていた品物が誤って搬出・廃棄されたケースが含まれている。資料自体は、こうした状況のうち訪問販売に該当するものについてクーリング・オフを行使できる場合があると消費者に助言しており、遺品整理の契約が抱えやすいトラブルの型を把握しておくことは、契約前の見積もり確認と同じくらい意味を持つ。
クーリング・オフが働きにくいケース
すべての遺品整理契約でクーリング・オフが使えるわけではない。業者のホームページやアプリから申し込みを完結させる通信販売型のサービスには、そもそもクーリング・オフの制度自体が適用されない。返品や解約の可否は業者が定める特約に従うことになるため、申し込み前にキャンセル規定を確認しておく必要がある。また、契約者が個人ではなく会社や自治会といった団体で、営業のための契約とみなされる場合はクーリング・オフの対象から外れる。加えて、作業がすでに完了し、遺品や残置物の大半が搬出・処分されてしまった後では、クーリング・オフによって契約を解除できたとしても、現状回復そのものが難しくなる。業者の作業範囲や見積もりで確認すべき項目は遺品整理業者はどこまでしてくれる?作業範囲と見積もりで確認すべきことで、遺品整理と廃品回収の違いや許可制度については遺品整理と廃品回収は何が違う?「一般廃棄物処理業」の許可という分かれ目を解説で扱っている。契約後に代金を着服される、いわゆる「ネコババ」型のトラブルについては遺品整理での「ネコババ」はなぜ問題になる?無断売却・着服と業務上横領罪の関係をわかりやすく解説で取り上げた。買い取りの対象になりやすい高価な遺品の扱いについては遺品整理で高価なものが見つかったら?勝手に処分しないための民法と相続税の基礎知識も参考になる。
契約書を受け取った日付が、引き返せるかどうかの分かれ目になる
遺品整理の契約は、遺族が精神的に落ち着かない時期に、限られた時間の中で結ばれることが多い。だからこそ、契約書にサインした瞬間がすべてを決めるわけではなく、書面を受け取った日から数えて8日間という猶予が法律上は残されている。焦って結んでしまった契約に違和感を覚えたときは、まず契約書に記載された受領日を確認することから始まる。

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