実家の電話台を片付けていると、携帯電話とは別に、黒い固定電話機がまだ電話線につながれたままになっていることに気づく。携帯電話はすでに解約の手続きを終えたが、この電話機については誰も手をつけていない。使う人がいなくなった今も、契約自体は自動的には終わらず、基本料金だけが静かに積み重なっていく。しかもこの電話には「電話加入権」という、携帯電話にはない独自の財産が付いているらしいという話も耳にする。携帯とは窓口も必要書類も別物だという事実に、ここで初めて気づくことになる。
固定電話はNTT東日本・西日本への申し出がなければ止まらない
民法896条は「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と定めており、固定電話の利用契約もこの原則にしたがって相続人に引き継がれる。携帯電話であればドコモ・au・ソフトバンク・楽天モバイルといった事業者に死亡の事実を申し出る必要があるのと同様に、固定電話の場合はNTT東日本またはNTT西日本(契約している地域によってどちらか一方)に、別途申し出をしなければ契約は続いたままになる。携帯電話の解約・承継の具体的な必要書類や事業者ごとの違いは別記事「スマホや携帯電話が出てきたら」で扱っているが、固定電話はここに出てくる携帯4社とは完全に別の窓口になる。携帯の手続きを終えたからといって、固定電話の契約まで一緒に処理されるわけではない。
「116」に電話がつながらないという、実際にあった相談
総務省の行政評価局が公表した行政苦情救済の記録には、この手続きの実態を物語る相談が残っている。契約者である父親が死亡した際、NTT西日本のホームページで解約方法を確認したところ、電話番号「116」への電話でのみ申し込むよう案内されていた。ところが実際には116番になかなかつながらず、申し込みまでに十数日を要し、その間の回線使用料等まで負担することになったという(総務省「行政苦情救済推進会議」議事概要)。この相談を受け、総務省中国四国管区行政評価局はNTT西日本に対し、契約者死亡の場合の解約申込みについてホームページからも申込みができるようにすることをあっせんしている(総務省中国四国管区行政評価局の公表資料)。同資料は、NTT東日本がすでに同様のオンライン申込み方法を導入しており、特段の支障が見られていないことも紹介している。固定電話の死亡時の手続きを進める際は、電話で116に連絡する前に、まずNTT東日本・西日本それぞれの公式サイトでオンライン申込みの窓口が用意されていないかを確認したほうが、何日も電話をかけ続けるよりも早く済む場合がある。
「解約」と「名義変更(承継)」、どちらを選ぶか
NTT東日本は、公式のよくある質問の中で「電話サービスの解約(または名義変更)」と「電話加入権の取り扱いを決める手続き」の二つが必要になると案内しており、この二つの手続きは相続人が行えるとしている(NTT東日本 よくある質問)。携帯電話の「承継」「解約」と同じ構造で、固定電話にも二つの選択肢がある。番号をそのまま誰かが使い続けたい、近隣や知人にとって長年の連絡先になっている、法要の案内状に記載したままにしているといった事情があれば名義変更(承継)を、誰も使う予定がなければ解約を選ぶことになる。名義変更の手続きについてNTT東日本は、名義人の死亡の証明は死亡診断書のコピーでも可能だとしており、必要な書類は死亡年月日の記載がある死亡事実確認書類と、新しい契約者となる人の氏名・住所・生年月日が確認できる本人確認書類の二点だと案内している(NTT東日本 よくある質問)。戸籍謄本一式を取得する前に、まず死亡診断書のコピーが手元にあるかを確認するだけでも、手続きに取りかかりやすくなる。
固定電話についてくる「電話加入権」とは何か
固定電話の契約には、携帯電話にはない「電話加入権」という財産的な権利が関わってくる場合がある。かつてNTTの固定電話(加入電話)を新たに契約する際には、施設設置負担金という名目の権利金を納める必要があり、この権利が中古市場で売買の対象になっていた時期があった。NTT東日本の案内によれば、加入電話の施設設置負担金は現在39,600円(税込)で、交換局から宅内までの加入者回線の建設費用の一部を基本料の前払いとして負担してもらうものだと説明されている(NTT東日本 法人向けコラム)。もっとも、初期費用を抑えたい契約者向けに「加入電話・ライトプラン」という選択肢も用意されており、このプランを選ぶと施設設置負担金はかからない代わりに、月々の利用料金が割高になる。まとまった金額を払って権利を得るという契約の仕方そのものが、今では少数派になっている。実家に残っている固定電話が、親の世代が権利金を払って契約したものなのか、ライトプランで契約したものなのかによって、電話加入権という財産が実際に存在するかどうかも変わってくる。
もう一つ確認しておきたいのが、その固定電話が従来型の「加入電話」(電話線を使ったアナログ回線)なのか、光回線を使う「ひかり電話」なのかという違いだ。NTT東日本の案内によれば、ひかり電話は電話加入権が不要な代わりに光回線(フレッツ光など)の契約が前提になる仕組みで、加入電話のような施設設置負担金そのものが発生しない(NTT東日本 法人向けコラム)。実家がインターネットの光回線と電話を一緒に契約していた場合、そもそも電話加入権という財産自体が存在しない可能性がある。請求書や契約書に「ひかり電話」「フレッツ光」と書かれているか、「加入電話」「一般電話」と書かれているかを確認するだけで、電話加入権の有無をおおよそ見分けられる。
相続税の申告で電話加入権はどう扱われるか
電話加入権が相続財産に含まれる場合の評価方法は、令和3年1月1日以後に相続・遺贈・贈与で取得したものと、それ以前とで異なる。国税庁の法令解釈に関する質疑応答事例によれば、現在は「電話加入権については、売買実例価額、精通者意見価格等を参酌して評価します」とされ、一般動産の評価単位を定めた財産評価基本通達128条の定めに基づいて、電話加入権を家庭用財産等に含めて一括評価することも認められている(国税庁 法令解釈に関する質疑応答事例)。これは、令和2年12月31日以前の相続等に適用されていた、取引相場のある電話加入権は通常の取引価額で、取引相場のない電話加入権は電話取扱局ごとに国税局長が定める標準価額で評価するという旧ルールに代わって導入された扱いで、現在は標準価額という仕組み自体が使われていない。携帯電話が普及して固定電話そのものの需要が縮小した結果、かつて売買の対象になっていた電話加入権の市場価値もほとんど失われており、家庭用財産等に含めて一括評価する扱いのもとでは、相続税額全体を左右するような金額になることはまずない。相続税の申告自体が必要かどうかの判断基準や基礎控除の考え方は別記事「相続税の申告が必要かどうかの判断基準」、実際の税額の計算方法は別記事「相続税の計算方法」で扱っている。
そのままにしておくと何が起こるか
固定電話の契約を放置していても、電話加入権としての資産価値がほとんど失われている以上、相続財産として大きな問題になることはまずない。むしろ実務上の負担になるのは、解約も名義変更もしないまま契約が続くことで、基本料金が使う人のいない回線に対して発生し続けるという点だ。先に触れた総務省への相談のように、手続きに十数日かかれば、その間の利用料金を結果的に払うことにもなる。相続放棄を検討している場合は、この未払い料金をどこから支払うかにも注意が必要になる。別記事「法定単純承認」で解説した通り、相続財産の一部を処分したとみなされる行為をすると相続放棄ができなくなるおそれがあり、未払いの利用料金を故人名義の口座や相続人の手元の現金から支払ってしまうと、相続財産を使って債務を弁済したと扱われる可能性が出てくる。解約や名義変更という契約上の手続きを進める意思表示そのものと、その料金をどの財源から支払うかは、携帯電話の手続きと同じように分けて考える必要がある。番号を残すかどうかを家族内で決めかねている間は、無理に結論を急がず、まずNTT東日本・西日本に連絡して今の契約状況だけでも確認しておくことが、次の判断の土台になる。
価値が消えても、契約は自然には消えない
電話加入権としての金銭的な価値はもうほとんど残っていないとしても、契約そのものは誰も名乗り出ない限りそこに存在し続ける。固定電話を使う予定がないなら、財産としての価値を気にするよりも、契約を動かす手続きを先に済ませてしまったほうが早い。

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