遺品整理をひと通り終え、仏壇や大きな家具を運び出した実家の玄関に鍵をかけたところで、その先どうするかを決めないまま何年も経ってしまっている、という話をよく聞く。特殊清掃を終えたばかりで、まだ何も決められずにいる場合も同じだ。中の荷物は片付いても、建物そのものの名義や管理は手つかずのまま――という状態は、法律上は「相続財産としての空き家」として扱われ続ける。放置しておくと、固定資産税の負担が変わったり、市区町村から是正を求められたり、老朽化した建物が倒れて誰かに損害を与えれば賠償責任を問われたりする可能性がある。ここでは、空家等対策の推進に関する特別措置法が定める「特定空家等」「管理不全空家等」という制度の枠組みと、固定資産税の住宅用地特例、相続放棄をした場合に空き家の管理がどう扱われるか、そして手放す際に使える公的な制度を、根拠となる条文とあわせて整理する。
1. 遺品整理を終えた家は、法律上どう扱われるのか
こうした状態は、決して珍しいことではない。総務省統計局の令和5年住宅・土地統計調査によれば、全国の空き家数は900万戸、総住宅数に占める空き家率は13.8%で、いずれも過去最多を更新した。このうち、賃貸用・売却用でも別荘のような二次的住宅でもない、転勤や入院、そして相続などで長期間人が住んでいない「その他の住宅」は385万戸にのぼり、2018年の調査から37万戸増えている。遺品整理を終えた実家がそのまま動かせずにいる状態は、統計の上でも増え続けている典型的なパターンだということになる。
片付けを終えた家でも、人が住まなくなった建物である以上、空家等対策の推進に関する特別措置法(平成26年法律第127号、以下「空家法」)がいう「空家等」に含まれる。空家法は2014年11月に成立し、2015年5月26日に全面施行された法律で、人が住まなくなった建物への対応を市区町村の権限として整理した点に特徴がある。空き家であること自体を規制するのではなく、周辺に悪影響を及ぼす空き家を段階的に是正させる仕組みになっている。
1-1. 「特定空家等」に指定される4つの状態
空家法2条2項は、次のいずれかの状態にある空家等を「特定空家等」と定義している。倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態、著しく衛生上有害となるおそれのある状態、適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態、そしてその他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態、の4つである。遺品整理を終えて家財を運び出しただけの段階でただちに該当するわけではないが、その後の老朽化が進み、屋根材の落下や倒壊の危険が出てくれば対象になり得る。
1-2. 2023年改正で新設された「管理不全空家等」
2023年12月13日に施行された空家法の改正(令和5年法律第50号)では、特定空家等になる一歩手前の段階を捉える「管理不全空家等」という区分が13条1項に新設された。適切な管理が行われておらず、そのまま放置すれば特定空家等に該当するおそれがある状態の空家等が対象で、深刻化する前の段階から市区町村が指導・勧告に関与できるようになった点が、この改正の実質的な意味になる。
1-3. 市区町村長がとれる措置と過料
空家法22条は、特定空家等・管理不全空家等の所有者に対して市区町村長がとれる措置を段階的に定めている。まず助言又は指導(1項)を行い、それでも状態が改善されなければ勧告(2項)、勧告に正当な理由なく従わなければ命令(3項)、命令にも従わなければ行政代執行(9項)という順序である。所有者が特定できない場合の略式代執行(10項)、緊急時の代執行(11項)も、2023年改正で整備された規定になる。命令に違反した場合は、30条1項により50万円以下の過料が科される。国土交通省の資料によれば、制度開始から2023年3月末までの累計で、勧告は417の市区町村で3,078件、命令は180の市区町村で382件、行政代執行は129の市区町村で180件実施されている。これだけの数の空き家が、実際に段階を踏んで是正の対象になってきたことになる。
2. 空き家を放置すると固定資産税が変わる仕組み
「空き家を放置すると固定資産税が上がる」という話を耳にした読者も多いはずだが、その仕組みは価格相場の話ではなく、住宅用地に対する固定資産税の軽減特例が外れるという制度上の理由による。住宅用地の固定資産税は、200平方メートル以下の部分(小規模住宅用地)については課税標準が価格の6分の1に、200平方メートルを超える部分(一般住宅用地)については3分の1に軽減されている。市街化区域内の土地にかかる都市計画税についても、同様にそれぞれ3分の1、3分の2に軽減される仕組みがあり、勧告を受ければこちらもあわせて特例の対象から外れる。
市区町村長から特定空家等・管理不全空家等として勧告を受けると、その敷地はこの住宅用地特例の対象から除外される。単純計算では小規模住宅用地部分の税額が最大で6倍になる計算になるが、実際の増加率は敷地面積や建物の状況、評価額によって変わるため、一律に「6倍になる」と言い切れるものではない。押さえておくべきなのは、税額が変わる起点が「建物が古いこと」自体ではなく「勧告を受けたこと」にある、という点である。管理不全空家等として指導を受けている段階、つまり勧告の一歩手前で対応すれば、特例除外は避けられる。
3. 放置した空き家が事故を起こした場合の責任
空家法にもとづく行政の是正措置とは別に、民法上の損害賠償責任も存在する。民法717条1項は、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることで他人に損害が生じたとき、まずその工作物の占有者が被害者に賠償責任を負い、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしていたことを証明できた場合に限り、所有者が責任を負うと定めている。占有者の責任は注意を尽くしていれば免れる余地がある「中間責任」なのに対し、所有者の責任には免責事由がなく、実質的に無過失責任に近い扱いを受ける。相続した実家が老朽化し、瓦や外壁の一部が崩落して通行人や隣家に被害を与えれば、誰も住んでいなくても所有者として賠償責任を問われる可能性がある。
4. 相続登記が済んでいない空き家はどうなるか
遺品整理を終えた実家の名義が、亡くなった人のまま何年も変わっていない、というケースは少なくない。2024年4月1日からは相続登記が義務化されており、正当な理由なく申請を怠ると過料の対象になる。この制度の詳しい内容と申請期限については、別記事「遺品整理で見つかった権利証はどうする?2024年に始まった相続登記の義務化をわかりやすく解説」で扱った。空き家を今後どうするかを判断する前提として、まず名義を確定させる必要がある点は、空家法上の措置とは別の問題として変わらない。
5. 相続放棄をした場合、空き家の管理はどうなるのか
5-1. 「管理義務」から「保存義務」に変わった2023年の民法改正
相続人が相続放棄をしても、それだけで空き家との関係が完全に切れるわけではない。2023年4月1日に施行された改正民法940条は、相続放棄をした者のうち、放棄の時点でその財産を現に占有していた者に限り、次順位の相続人または後述する相続財産清算人に財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもってその財産を保存する義務を負うと定めている。改正前の旧940条は、占有の有無を問わず相続放棄をした者に広く「管理を継続する」義務を課しており、実家を離れて何十年も住んでいなかった相続人にまで責任が及びかねないという指摘があった。改正後は対象が「現に占有している者」に絞られ、義務の中身も財産の現状維持にとどまる「保存」に整理されている。
5-2. 相続人が誰もいなくなった場合の相続財産清算人
相続人全員が相続放棄をし、相続人が誰もいない状態になった場合、空き家を含む相続財産は法人化し、利害関係人または検察官の申立てにより、家庭裁判所が民法952条にもとづいて相続財産清算人を選任する。従来「相続財産管理人」と呼ばれていたこの手続きは、2023年の民法改正で名称と権限が整理され、相続財産清算人に一本化された。空き家の管理を誰も引き受けないまま放置すると、最終的にはこの手続きを債権者や自治体が申し立てざるを得なくなる場合がある。
5-3. 相続放棄と遺品の処分は別問題として考える
相続放棄をする前提で空き家に手をつける場合、家の中に残っている遺品の処分方法には注意が必要になる。相続財産を処分したと評価されると法定単純承認が成立し、相続放棄そのものができなくなる可能性があるためだ。この点は別記事「遺品を勝手に処分すると相続放棄ができなくなる?『法定単純承認』をわかりやすく解説」で扱った民法921条の話と直結する。空き家の管理と遺品の処分は、法律上は別々の論点として切り分けて考える必要がある。
6. 空き家を手放すときに使える公的な制度
6-1. 相続土地国庫帰属制度
相続や遺贈によって土地を取得した人が、一定の要件のもとでその土地を国に引き取ってもらえる相続土地国庫帰属制度が、2023年4月27日に始まっている。ただしこの制度は建物がある土地を対象にしていない。空き家が建ったままの状態では申請できず、解体して更地にしたうえで法務局に承認申請をし、審査手数料(土地1筆あたり14,000円、収入印紙で納付、却下・不承認でも返還されない)を納め、承認後には国の管理費用にあたる10年分相当の負担金を別途納付する必要がある。解体費用も別にかかることを踏まえると、単純に「手放せば済む」制度ではない。
6-2. 空き家を売却する場合の3,000万円特別控除
相続した空き家を売却する場合、租税特別措置法35条3項にもとづく特例により、譲渡所得から最大3,000万円を控除できる。適用には、昭和56年5月31日以前に建築された家屋であること、相続開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却すること、譲渡時に耐震基準を満たしているか、翌年2月15日までに耐震改修または家屋の解体を終えていることなど、複数の要件を満たす必要がある。2024年1月1日以後の譲渡分からは、相続人が3人以上いる場合の控除額の上限が2,000万円に引き下げられた。要件の当てはめは家屋ごとに事情が異なるため、実際に売却を検討する段階では税理士や税務署への確認が欠かせない。なお、こうした解体費用や税務上の手続き費用を相続財産からどこまで支出できるかについては、別記事「遺品整理の費用は相続財産から払える?相続税の債務控除と払戻し制度の関係を解説」で扱った考え方が参考になる。
7. 遠方に住んでいて管理できない場合にまず動くべき先
実家から離れた場所で暮らしていて、空き家の見回りすら難しいという読者も多いはずだ。2023年の空家法改正では、市区町村がNPO法人や社団法人などを「空家等管理活用支援法人」として指定し、所有者に代わって空き家の管理や活用の相談を担わせる制度が新設されている。所有者本人の同意があれば、市区町村からこうした支援法人に所有者情報が提供されることもある。まず連絡すべき先は、空き家が所在する市区町村の空き家対策担当窓口であり、管理不全空家等に指定される前の段階であれば、対応方法を相談できる余地は大きい。特殊清掃を経て空き家になったケースについては、別記事「孤独死の遺品整理と特殊清掃はどう違う?国土交通省ガイドラインからみる注意点」もあわせて参照してほしい。
空き家のまま何年も動かさないという選択肢は、法律上は存在しない
遺品整理が終わった家を「とりあえずこのままにしておく」という判断は、心情としては自然でも、法律の上では相続登記の義務、固定資産税の特例除外、倒壊時の賠償責任、相続放棄をした場合の保存義務という複数の期限とリスクを抱え続けることを意味する。まず名義を確定させ、管理不全空家等に指定される前に市区町村の窓口へ連絡を入れることが、選べる選択肢を狭めないための最初の一歩になる。

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