遺品の形見分けはいつ・何を渡す?勝手にすると相続放棄ができなくなるケースと相続税の考え方

仏壇の引き出しを整理していたら、母が普段身につけていた指輪や、父が使っていた腕時計が出てきた。親族が集まる四十九日の法要でこれを形見として配ろうとしたところ、きょうだいの一人から「まだ相続放棄するかどうか決めていない人がいるのに、勝手に配ってしまっていいのか」と言われて手が止まる。形見分けは長く続いてきた慣習だが、指輪や時計は法律上れっきとした相続財産でもあり、進め方を誤ると相続放棄ができなくなることがある。民法や国税庁の通達、裁判例にもとづいて整理する。

1. 「形見分け」は法律上の手続きではない

形見分けとは、故人が身につけていた衣類やアクセサリー、時計、愛用の品などを、遺族や親しかった人に配り、故人を偲ぶよすがとしてもらう慣習を指す。遺産分割協議のように民法で定められた手続きではなく、あくまで社会的な習わしという位置づけになる。

「形見」と「遺品」は同じ意味で使われることも多いが、厳密には少し違う。遺品は、故人が遺した財産や持ち物全般を指す実務上の言葉で、通帳や権利証のような相続手続きに必要な書類も、日用品も、すべて遺品に含まれる。これに対して形見は、遺品の中でも故人の人柄や思い出と結びつき、贈られた側が大切にしたいと感じる特定の品を指す、より情緒的な言葉である。遺品整理という作業の中から、形見分けにふさわしい品を選び出す、という関係にあると考えるとわかりやすい。

もうひとつ見落とされやすいのが、形見分けで配られる指輪や時計、衣類も、法律的には遺産分割が済むまでは相続人全員の共有に属する相続財産だという点である。民法898条は、相続財産は相続人が複数いる場合にその共有に属すると定めている。形見分けという名前がついていても、相続人の一存で持ち出したり配ったりしてよい理由にはならず、後述するとおり相続放棄の可否にまで影響する場合がある。

2. 形見分けはいつ、誰に行うのが一般的か

仏教式の葬送では、四十九日の法要を終えた忌明けの時期に形見分けを行うことが一般的とされている。四十九日までは故人があの世とこの世の間にあるとされ、遺族も喪に服す期間とされてきたためで、法要のために親族が集まるタイミングと重なることも、この時期に行われやすい理由になっている。神式やキリスト教式では四十九日という考え方自体がなく、五十日祭や追悼ミサの後に行われるなど、宗教によって時期の目安は異なる。

もっとも、これらはいずれも宗教儀礼上の慣習であって、いつまでに形見分けを終えなければならないという法律上の期限があるわけではない。むしろ次章で説明するとおり、急いで進めることのほうがリスクになりうる。渡す相手についても法律上の制限はなく、配偶者や子どもといった相続人に限らず、故人と親しかった友人や、長く世話になった人に贈られることも珍しくない。ただし相続人以外の人に高価な品を渡す場合は、5章で述べる税務上の扱いに注意が必要になる。

受け取る側にも、必ず応じなければならない義務はない。形見分けは贈与や遺贈のような法的な権利義務を発生させる行為ではなく、辞退したとしても自分の相続分に影響することはない。受け取った場合の返礼についても、慶事の贈答とは性質が異なるため、あらためてお返しの品を用意する必要はないとする考え方が一般的である。現金を形見として渡す場合は不祝儀用の袋を用い、「志」や「偲び草」といった表書きが使われることが多いが、これも地域や家庭によって慣習の幅があり、絶対的な決まりがあるわけではない。

3. 勝手に形見分けをすると相続放棄ができなくなるのか

形見分けをめぐって最も実害が大きいのが、相続放棄ができなくなる可能性があるという問題である。民法921条1号は、相続人が相続財産の全部または一部を「処分」したときは、単純承認をしたものとみなすと定めている。単純承認とは、プラスの財産だけでなくマイナスの財産(借金)も含めて無限に受け継ぐことを意味し、いったん単純承認とみなされると、その後で多額の債務が判明しても相続放棄や限定承認はできなくなる。詳しい仕組みは法定単純承認について解説した記事で扱っているが、この「処分」に形見分けが含まれるかどうかは、実際に裁判で争われてきた論点である。

山口地方裁判所徳山支部の昭和40年5月13日判決は、相続人が形見として故人の衣類などを受け取った事案について、相続財産全体からみてごく一部にとどまる、経済的価値の乏しい品を形見として受け取る行為は、民法921条1号の「処分」には当たらないと判断した。一方で、東京地方裁判所の平成12年3月21日判決は、故人の衣服や靴、家具のほとんどすべてを持ち帰った事案について、新品同様の衣類や毛皮も含む相当な分量であったことから、これは通常の形見分けの範囲を超えるものであり、単純承認とみなされる「隠匿」(同条3号)に該当すると判断している(両判決の紹介として弁護士による大阪遺言・相続ネット「処分」と単純承認に関する裁判例を参照した)。

二つの判決を並べると、線引きの考え方が見えてくる。相続財産全体からみて経済的価値が乏しく、ごく一部にとどまる範囲で故人を偲ぶ品を受け取る限りは、形見分けとして許容される。反対に、まとまった量の衣類や家財、あるいは高価な貴金属や骨とう品などを持ち出す行為は、量や価値の大きさによって「形見分けの範囲を超えた処分」と評価されるおそれがある。

相続放棄には、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内に手続きをとらなければならないという期限がある(民法915条1項、熟慮期間)。四十九日は多くの場合この3か月の期間内にあたるため、法要のタイミングで形見分けを済ませてしまおうとすると、まさにこの熟慮期間の真っただ中で相続財産に手をつけることになる。相続人の中に借金の有無を調べている人や、相続放棄を検討している人が一人でもいる場合は、他の相続人が高額な遺品の形見分けを先に進めてしまうと、その人自身は放棄していなくても遺産分割協議そのものが混乱し、後になって誰がどの財産を処分したのかが争いの種になりかねない。まだ相続人全員で遺産の内容を確認できていない段階では、高額な遺品の形見分けは先送りし、遺産分割協議が済んでから改めて進めるほうが安全である。なお、いったん相続放棄をした人が、その後になって高価な遺品を自分のものとして持ち出せば、これは921条3号の「隠匿」にあたり、相続放棄の効力そのものが否定されうる点にも注意したい。

4. 何を渡し、何を形見分けの対象にすべきでないか

形見分けの品としては、時計やアクセサリー、万年筆、着物といった身につける物や、故人の個性が表れる愛用品が選ばれることが多い。伝統的な考え方として、目上の人に対して高価な品を贈るのは失礼にあたるとされ、傷みの目立つ品や実用性を欠く品は避けたほうがよいとする慣習も広く知られている。これらはあくまで慣習であり法律上の決まりではないが、贈る相手との関係を考えて品物を選ぶという発想自体は、トラブルを避けるうえで参考になる。

受け取った品をその後どう扱うかは、受け取った人の自由である。大切に使い続けても、写真だけ残して手放しても構わない。ただし遺産分割が終わる前の段階で、受け取った品を売却して現金化することは避けたほうがよい。分割前に相続財産の一部を売却する行為は、3章で説明した「処分」にあたり、相続放棄ができなくなる原因になりうるためである。

一方で、形見分けの対象にすべきでない、あるいは対象にできない物もある。第一に、遺言によって特定の人に特定の遺品を譲る旨(特定遺贈)が指定されている場合は、遺言者の意思が形見分けの慣習に優先する。第二に、仏壇や位牌、墓地といった祭祀財産は、民法897条により遺産分割の対象外とされ、祭祀を主宰すべき人が慣習にしたがって単独で承継する別建てのルールが用意されている。祭祀財産と高価な遺品の扱いについては高価な遺品が見つかったときの民法と相続税の考え方をまとめた記事で詳しく取り上げている。第三に、故人が使っていたスマートフォンのデータやSNSのアカウント、サブスクリプションといったデジタル遺品は、そもそも手渡しできる「物」ではないため、形見分けとは別の手続きで整理する必要がある。

5. 現金や宝飾品を形見分けする場合、相続税や贈与税はどうなるのか

指輪や時計、貴金属といった動産は、金額の大小にかかわらず本来は相続財産に含まれ、相続税の課税価格を計算するときの対象財産の一部になる。誰がその品を取得するかは遺産分割協議で決めることであって、相続税額そのものは遺産全体の評価額によって決まる。つまり、相続人の一人が形見分けとして指輪を受け取ったとしても、それは自分の相続分の中で取得したことになるだけで、受け取った指輪について改めて贈与税がかかるという話にはならない。

注意が必要なのは、相続人ではない人に高価な品を譲る場合である。遺言によって相続人以外の人に遺贈する旨が明記されていれば、受け取った人には相続税が課され、その人が被相続人の一親等の血族や配偶者でない場合は、算出された相続税額に2割を加算する制度の対象になる(相続税法18条)。加算の対象や計算方法は国税庁「相続税額の2割加算」で示されている。これに対して、遺言に基づかず、遺産をいったん相続した相続人が自分の判断で友人などに高価な品を譲る場合は、法律的には相続人からその人への贈与にあたりうる。

ここで参考になるのが、国税庁の相続税法基本通達21の3-9である。この通達は、個人から受ける香典や花輪代、年末年始の贈答、祝物、見舞いなどの金品について、法律上は贈与にあたる場合でも、贈与者と受贈者の関係などに照らして社会通念上相当と認められるものには贈与税を課さないという取り扱いを示している。形見分けそのものを名指しした規定ではないが、実務上はこの考え方に沿って、常識的な範囲にとどまる形見の品であれば贈与税の対象にはならないと解されることが多い。ただし、これはあくまで行政解釈の延長線上にある整理であって、高価な宝飾品や美術品のように金額が大きくなる場合は、社会通念上相当かどうかの判断が個別に必要になる。金額の目安として、贈与税には受け取る人ひとりにつき年間110万円の基礎控除がある。相続財産全体と相続税の基礎控除の仕組みについては遺品整理の費用と相続税の関係を解説した記事で扱っている。

6. 形見分けを進める前に確認しておきたいこと

形見分けをめぐるトラブルの多くは、誰か一人が良かれと思って先走ることから生じる。高価な品や量の多い遺品は、遺産分割協議で相続人全員が内容を把握してから進める。何を誰が受け取りたいかを一覧にして共有し、意見が割れる品や評価額の大きい品は、無理に結論を急がず弁護士や税理士に相談する。相続放棄を検討している相続人が一人でもいる場合は、その人が最終的な判断をするまで、他の相続人も高価な遺品には手をつけないという合意をとっておくと、後になって単純承認の成否が争われる事態を避けやすい。

こうした行き違いは、本人が生きているうちに何を誰に譲りたいかを言葉にしておくことでも減らせる。エンディングノートや遺言で希望を残しておく方法については生前整理の始め方を解説した記事で取り上げている。形見分けは故人を偲ぶための時間であると同時に、相続人としての義務が絡む場面でもある。急がず、全員で確認しながら進める姿勢が、結局は一番の近道になる。

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