故人のクレジットカードの利用明細を確認していると、亡くなった後の月にも同じ金額の請求が並んでいることに気づく場面は少なくない。動画配信サービスやセキュリティソフトのように、契約した本人しか実態を把握していないサブスクリプションは、家族が死亡を伝えなければ止まらないまま淡々と請求が続く。厄介なのは、この請求を止める権限も、止めなかった場合の支払い義務も、契約者本人ではなく遺族である相続人の側に移ってしまう点である。
死亡しても契約は止まらない — 国民生活センターに寄せられた相談
独立行政法人国民生活センターは2024年11月20日、「デジタル終活」に関する注意喚起の資料今から考えておきたい「デジタル終活」を公表し、亡くなった家族のサブスクリプションの解約が進まない相談事例を取り上げている。紹介されている2024年7月受付の事例では、80歳代の女性が夫の携帯電話を解約した後、クレジットカードの利用明細から見覚えのないセキュリティ対策サービスの請求を見つけたものの、解約に必要なIDとパスワードが分からず、契約先の事業者からは「すぐには解約できない」と告げられている。動画配信や音楽配信、クラウドストレージ、健康管理アプリなど月額課金の対象は幅広く、本サイトのデジタル遺品とは?で扱ったとおり、その多くは口座振替やクレジットカードによる自動更新を前提にした仕組みになっている。契約者が死亡した事実は、家族から連絡しない限り事業者側には伝わらないため、契約はそのまま存続し、請求だけが続いていく。契約者本人しか実態を把握していないという構造は、SNSアカウントの追悼アカウントの申請にも共通する、デジタル遺品特有の難しさである。
支払い義務は相続人に引き継がれる — 民法896条という原則
相続人が負うのは「止める権限」だけではない。民法896条は、相続人が相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すると定めている。法律事務所による解説では、個々の権利義務が一体となった「契約上の地位」も、この承継の対象になるとされている。動画配信サービスやセキュリティソフトの利用契約もこの契約上の地位に含まれ、未払いの利用料についても、当然に相続人へ引き継がれる金銭債務(可分債務)として扱われる。可分債務は相続人全員が連帯して負うのではなく、法定相続分に応じて各相続人に分割して承継されるというのが確立した考え方であり、この分割の枠組み自体は本サイトの遺品整理の費用は誰が払う?で解説した最高裁判例と同じ構造にある。契約者本人が死亡しても契約はいったん有効に存続し、支払い義務だけが黙って相続人の側に移っている、という状態がここで生まれる。
相続放棄を考えているなら、解約と「使い方」を分けて考える
故人のサブスクの請求を止めるために解約の手続きを進めること自体は、通常は問題にならない。これは相続財産の現状を維持するための行為であり、本サイトの「法定単純承認」の記事で解説した、相続放棄の資格を失わせる「処分」には当たらないと考えるのが一般的である。注意が必要なのは、解約そのものではなく、その前後の「使い方」である。相続放棄をするかどうか迷っている間に、故人名義のクレジットカードで新しいサブスクに加入したり、故人の口座から利用料を支払い続けたりすれば、相続財産を自分のために使ったとみなされる余地が生まれる。解約に伴って返金を受け取った場合も同様で、その返金は故人の財産の一部であり、これを生活費などに使ってしまうと単純承認とみなされるリスクが高まる。解約の連絡を入れることと、そこで動くお金をどう扱うかは、分けて考える必要がある。
「解約したくてもできない」を消費者庁が問題視している
契約先に「解約したい」と伝えても、簡単には終わらせてもらえない、という相談も後を絶たない。消費者庁は2026年9月16日、有識者による「デジタル取引・特定商取引法等検討会」の中間取りまとめ案について意見募集を始めた。中間取りまとめでは、解約の判断に影響する事項について事実と異なる説明をする行為、解約の申し出を拒否したり手続きを不当に長引かせる行為、消費者を欺いたり不安にさせて解約を思いとどまらせる行為、解約ボタンを見つけにくくするなど画面設計そのものによる妨害を、規制すべき行為として例示している。あわせて、個々の消費者だけでなく適格消費者団体が事業者に対して差止めを求められる制度も検討の対象になっている。中間取りまとめの段階であり、実際の法改正や施行の時期は現時点では示されていないが、故人のサブスクを解約しようとした家族が「本人でなければ解約できない」「必要な書類が分からない」と言われて手続きが長引くケースは、この検討会がまさに問題にしている状況そのものでもある。
NHK受信料など「サブスクに似た契約」も見落としやすい
サブスクリプションという言葉では呼ばれていないものの、同じ構造の問題を抱える契約もある。NHKの受信契約は世帯を単位とした契約であり、契約者が死亡しても、同じ住居に家族が住み続けている限り当然には終了しない。契約者本人が単身で暮らしていた住居で亡くなり、その後誰も住まなくなった場合は、NHKふれあいセンターへ連絡し、死亡を証明する書類の提出を経て解約の手続きを取る必要がある。求められる書類は死亡診断書の写しや戸籍謄本、住民票の除票など窓口によって案内に幅があり、税理士法人による解説でも同様の書類が挙げられている。契約者の生前分の未払い受信料は、他の債務と同様に相続債務として相続人に引き継がれる。逆に死亡後の期間について受信料の返金を受けられる場合もあり、その返金も故人の財産の一部である以上、前述の法定単純承認の考え方が及ぶことになる。
実際に解約するときの進め方
実際の作業は、契約を探し出すところから始まる。故人のクレジットカードや銀行口座の利用明細、メールの受信履歴、スマートフォンに残る通知などを手がかりに、どのサービスの利用料であるかを一件ずつ洗い出していく。暗号資産の交換業者への相続手続きと同様、契約先が判明しなければ手続きそのものが始められない点は共通している。契約先が分かったら、電話やチャット窓口を通じて契約者が死亡した事実を伝える。多くの事業者は死亡診断書のコピーや戸籍謄本など、死亡を証明する書類の提出を求めており、必要な書類や提出方法は事業者ごとに異なる。書類を提出してから解約が完了するまでには一定の時間を要することもあるため、請求が完全に止まったことを確認するまでは連絡を終わりにしない方がよい。契約者本人のIDやパスワードが分からず、事業者の窓口でも本人確認が取れない場合の対応は、解約を急ぐべき状況か、相続放棄を検討している段階かによって変わってくるため、判断に迷うときは弁護士や消費生活センターへ相談する余地がある。
解約は急いでよいが、遺産の扱いは慎重に
サブスクの解約を先延ばしにする理由はどこにもなく、請求を止める連絡自体は今日からでもできる。一方で、解約に伴って戻ってくる返金や、故人名義のまま残っている契約を安易に使い続けることには、相続放棄の可能性を残しておくつもりなら慎重にならざるを得ない。止めるべき請求と、手を触れずに残しておくべき財産を最初に見分けることが、この問題を大きくしないための分かれ道になる。

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