故人のスマートフォンでInstagramを開くと、生前のままの投稿とアイコン写真がそのまま並んでいた。ログインパスワードは誰も知らない。このまま放置してよいのか、家族として削除を申請すべきなのか、それとも運営会社に事情を話せばアカウントの中を見せてもらえるのか。実際に確認すると、SNSやメールサービスの対応はサービスごとに大きく異なり、家族だからという理由だけでは投稿の裏側にあるメッセージまで開示してもらえないケースがほとんどだとわかる。
SNSアカウントは相続財産に含まれるのか
スマートフォンの中にある資産全般については、デジタル遺品に関する別記事(デジタル遺品とは?スマホのロック解除・サブスク解約・暗号資産の相続で家族が困らないための備え)で概要を扱った。ここではSNSアカウントに絞って、サービスごとの対応を具体的に見ていく。
SNSのアカウントそのものは、利用者と運営会社との間の利用契約上の地位であり、預貯金や不動産のように市場で売買できる財産ではない。愛知さくら法律事務所の解説は、理論上は契約上の地位を相続人が引き継ぐと考える余地があるとしつつも、実際には各SNS企業がアカウントの相続に消極的な立場を取っており、遺族がログインすること自体が難しいのが実情だと指摘している。LINEヤフー株式会社の利用規約はさらに明確で、4.6において「本サービスのアカウントは、お客様に一身専属的に帰属します」と定め、その利用権を「第三者に譲渡、貸与その他の処分または相続させることはできません」としている。アカウントという「箱」自体が、最初から相続の対象として設計されていない。
では、投稿やメッセージの中身も一切見られないのはなぜか。ここには「通信の秘密」という別の壁が関わってくる。総務省は電気通信事業法4条について、通信の内容だけでなく通信の日時や発受信場所、当事者の氏名まで広く保護の対象になり、電気通信事業者に限らず「何人も」侵してはならないと説明しており、違反すれば刑罰の対象になるとしている(総務省「通信の秘密」FAQ)。家族であっても本人以外の第三者であることに変わりはなく、事業者側が慎重な姿勢を崩さないのは、この規定を意識しているためだと考えられる。
Facebookは「追悼アカウント」への移行を申請できる
Facebookには、利用者が亡くなった後にアカウントを「追悼アカウント」に切り替える制度がある。Meta社のヘルプページによれば、追悼アカウントに切り替えると名前の横に「追悼」の表示が付き、他のユーザーが新たにログインすることを防いで情報の安全を保つ仕組みになっている(Facebookヘルプセンター「追悼アカウントにする」)。生前に「追悼アカウント管理人」を指定しておくと、管理人は本人としてログインすることはできないものの、プロフィール写真やカバー写真の変更、訃報や最後のメッセージをタイムラインの最上部に固定する投稿などができる。ただし故人が送受信した非公開のメッセージを読むことは、管理人にも認められていない(Facebookヘルプセンター「追悼アカウント管理人にできないこと」)。この機能は日本時間2015年5月12日から、日本でも利用できるようになっている(ねとらぼの報道)。管理人を指定していなかった場合でも、家族や友人であれば死亡を証明できる情報を添えて追悼アカウントへの切り替えを申請することができる。
Instagramは追悼アカウント化と削除のどちらかを選べる
InstagramはFacebookと同じMeta社が運営しているが、対応の枠組みも近い。家族や知人は、亡くなった方のプロフィールを追悼アカウントにするよう申請することもできるし、削除を申請することもできる。ただしどちらの申請でも、死亡記事やニュース記事へのリンクなど死亡を証明できる情報の提出が求められ、追悼アカウントのログイン情報が遺族に知らされることはない(Facebookヘルプセンター「亡くなった方のInstagramプロフィールを報告する」)。生前の投稿を残したまま知人が思い出を共有する場として使いたいのか、それとも早めに削除してしまいたいのかによって、選ぶ申請の種類が変わってくる。
X(旧Twitter)は「削除」の申請しか受け付けていない
Xには追悼アカウントに相当する制度がなく、公式ヘルプが対応するのはアカウントの削除・無効化のみである。申請できるのは故人の遺産管理権を持つ者、または本人であることを確認できた近親者に限られ、申請後には身分証明書のコピーと死亡証明書の提出が求められる。Xのヘルプセンターは、遺族であってもアカウントへのログイン権限や中身へのアクセス権を提供することはないと明記している(X Help Center「Contacting X about a deceased family member’s account」)。Xの場合、遺族にできるのは「消してもらう」ことだけで、投稿を追悼の場として残す選択肢自体が用意されていない。
LINEには追悼アカウントの仕組みがなく、規約上「相続させることはできない」と明記されている
普段のやり取りがLINEに集中している家庭ほど、このサービスの扱いに迷うことになる。だがLINEヤフー株式会社の利用規約を確認すると、そもそも制度として用意されていないことがわかる。前述のとおり4.6はアカウントの利用権を一身専属とし、相続させることができないと定めており、これはFacebookの追悼アカウントのような「引き継ぐ制度」自体を最初から想定していないという意味になる。実務上も、本人が死亡したことを理由にアカウント情報の開示や削除をLINEヤフーに申請できる公式な窓口は用意されていない。スマートフォン自体のロックが解除できれば、端末上でアプリを削除したりログアウトしたりする操作自体は可能だが、これはLINEヤフーに対して死亡による相続や承継を申請しているわけではなく、あくまで端末の中でできる操作にすぎない。
Googleのアカウントは家族が閉鎖やデータ提供を申請できる
Googleは、故人のアカウントについて家族や代理人が申請できる窓口を用意している数少ないサービスの一つである。ヘルプページでは、アカウントの閉鎖、故人のアカウントに残る資金の取得、データの取得という3種類のリクエストが案内されており、Googleが「ご家族や代理人の方と連絡を取って、適切であると判断した場合には」故人のアカウントを閉鎖するとしている(Googleアカウントヘルプ「故人のアカウントに関するリクエストを送信する」)。審査には時間がかかり、パスワードなどのログイン情報そのものが遺族に提供されることはない。生前にできる備えとしては、「アカウント無効化管理ツール」を設定しておく方法がある。一定期間ログインがない場合に、指定した相手へ情報へのアクセスを許可するか、アカウントを削除するかをあらかじめ決めておける仕組みで、myaccount.google.com/inactiveから設定できる(Googleアカウントヘルプ「アカウント無効化管理ツール」)。生前整理やエンディングノート(生前整理は何から始める?エンディングノートと遺言書、家族との話し合いを解説)で何を書き残すか迷っている人にとっては、パスワードそのものを紙に書くよりも、こうした仕組みを使って「誰に何を託すか」を設定しておくほうが、情報漏えいのリスクが小さい備えになる。
削除や放置の判断は、相続放棄にも関わってくるのか
遺品整理を進めていると、独断でものを処分すると相続放棄ができなくなる「法定単純承認」という制度が気になってくる人もいるはずだ(法定単純承認については遺品を勝手に処分すると相続放棄ができなくなる?「法定単純承認」をわかりやすく解説で詳しく取り上げている)。SNSアカウントについては、そもそも各社が相続を認めておらず、アカウント自体に市場で売買できるような財産的価値が想定されていないため、削除の申請や放置の判断が直ちに相続財産の処分として問題になる場面は多くない。油断できないのは、アカウントやメールの中に金融機関やキャッシュレス決済サービスからの通知が紛れ込んでいる場合だ。見慣れない資産が見つかったときの考え方は、高価な遺品が見つかった場合の整理の仕方(遺品整理で高価なものが見つかったら?勝手に処分しないための民法と相続税の基礎知識)と共通する部分が多い。SNSアカウントを閉じる作業に取りかかる前に、そこに財産に関する情報が紛れていないかどうかで、その後の相続手続きの手間は大きく変わってくる。
ドイツでは、相続人にアカウントへのアクセス権を認めた判決も出ている
日本ではSNSアカウントの相続性を正面から扱った裁判例はまだ見当たらないが、海外では既に司法判断が下された例がある。ドイツでは、地下鉄内で亡くなった15歳の少女の母親が、事故か自殺かを確かめるためFacebookのメッセージを見たいとして、運営会社に対しアカウントへのアクセスを求めた。ドイツ連邦通常裁判所(BGH)は2018年7月12日、日記や手紙のようなアナログの遺品と同じように、非常に私的な法律関係であっても本人の死後は相続人に地位が移行すると判断し、母親に投稿と個人メッセージを含むデータへのアクセスを認めた(日経クロステック)。立命館大学法学部の論考は、この判決の背景に「死後の人格保護」と「通信の秘密」という二つの利益をどう調整するかという論点があったと整理している(立命館法学)。日本の電気通信事業法が定める通信の秘密は、ドイツで問題になった論点と重なる部分がありながら、日本の裁判所がどう判断するかはまだ示されていない。
各SNSの対応がこれだけ分かれている以上、今のところ最も確実なのは、本人が生きているうちに「どのアカウントをどうしてほしいか」を決めておくことだ。追悼アカウント管理人の指定やアカウント無効化管理ツールの設定は、いずれも本人しかできない生前の手続きであり、遺族が後から同じ効果を得ることはできない。

コメント Comments
コメント一覧
コメントはありません。
トラックバックURL
https://anshin-life.biz/archives/6412/trackback