デジタル遺品とは?スマホのロック解除・サブスク解約・暗号資産の相続で家族が困らないための備え

父が亡くなり、遺品整理の手が止まったのは、使っていたスマートフォンを開こうとした瞬間だった。指紋認証も顔認証も反応せず、暗証番号を知る家族もいない。画面の向こうには、ネット銀行の口座やキャッシュレス決済の残高、契約中のサブスクリプション、家族の知らないSNSのやり取りが眠っているかもしれない。こうした、パソコンやスマートフォン、インターネット上のサービスに存在するデータや権利関係は「デジタル遺品」と呼ばれる。現金や通帳と違って目に見えず、パスワードという鍵がなければ、遺族はその存在にすら気づけない。

デジタル遺品はなぜ厄介なのか

独立行政法人国民生活センターは2024年11月20日、「今から考えておきたい『デジタル終活』」と題する注意喚起の資料を公表した。同センターによれば、インターネットを利用する人の割合は20〜59歳の各年齢層で約9割、60代で78.3%、70代でも49.4%にのぼるとされ、高齢層でもスマートフォンやパソコンを通じて何らかの契約や資産を抱えている人が、今後さらに増えていく見通しだという。

同センターに寄せられた相談事例には、デジタル遺品特有の困難さがよく表れている。2024年2月受付の60歳代男性の事例では、亡くなった家族が利用していたネット銀行の手続きを進めようとしたが、本人のスマートフォンが開けず、契約先の銀行そのものを特定できなかった。2023年10月受付の50歳代女性の事例では、故人が使っていたコード決済サービスについて相続手続きを申し出てから1か月以上経っても完了せず、残高の確認すら取れなかったという。

同センターは、パスワードによるロックがかかっている場合、遺族がそのパスワードを知らなければ第三者による解除は非常に困難だと説明している。生体認証や複雑なパスワードは本人の不正利用を防ぐ仕組みとして有効である一方、家族が相続手続きを進めるうえでは大きな壁にもなる。スマートフォン1台に銀行口座や決済手段、契約情報が集約されている以上、その1台が開かないというだけで、相続財産の全体像を把握する作業そのものが止まってしまう。

携帯電話の契約はどうなるか — キャリア各社の死亡時手続きと相続放棄への影響

本人のスマートフォンが開かなくても、契約している携帯電話会社への死亡の届け出は別に必要になる。NTTドコモ・au(KDDI)・ソフトバンクの主要3社は、いずれも契約者死亡時に「承継」(家族が契約を引き継いで使い続ける)と「解約」の2つの選択肢を用意している。

NTTドコモの公式案内によれば、承継・解約のどちらも手数料は不要だが、承継の場合はdポイントクラブのポイントを引き継げず、解約の場合もそれまでに貯めたdポイントは失効する。いずれの手続きも、来店者本人の確認書類に加え、携帯電話不正利用防止法にもとづく契約者本人の死亡が確認できる戸籍謄本等の提出が求められる。auの公式案内も、家族が来店して死亡確認書類(戸籍謄本等)と家族関係証明書類を提出する方式をとっており、未払い料金については相続されている場合は相続人に支払い義務が生じるとしたうえで、相続放棄をした場合は全相続人分の相続放棄申述受理通知書をKDDI料金センターに提出すれば料金請求を免れられると案内している。ソフトバンクの公式案内も承継・解約いずれも契約解除料や手数料はかからないとする一方、端末本体の分割払い残債は契約者の地位を引き継いだ人が支払いを続ける必要があるとしている。

つまり、携帯電話の未払い料金や端末代金の残債は、相続放棄をするかどうかの判断材料の一つになる。法定単純承認にあたる行為をしてしまうと相続放棄ができなくなるため、名義変更や解約を急ぐ前に、相続放棄の余地を残しておくかどうかが最初の分かれ目になる。相続放棄をした後も「現に占有」している遺品の保存義務は残るため、携帯電話本体の扱いも、手続きの順番次第で結果が変わってくる。

サブスクリプションは黙って請求され続ける

2024年7月受付の80歳代女性の事例では、亡くなった夫の携帯電話を解約した後、クレジットカードの利用明細に見覚えのない請求を見つけて問い合わせたところ、夫が契約していたセキュリティ対策サービスのサブスクリプションだとわかったものの、解約に必要なIDとパスワードがわからず、事業者から「すぐには解約できない」と言われたという。サブスクリプションは口座振替やカード払いで自動更新される仕組みが多く、契約者本人が亡くなったことを事業者が把握できなければ、請求はそのまま続く。

国民生活センターが2021年11月にまとめた別の資料では、より切実なケースとして、FXなど証拠金取引の口座を放置すると相場の変動によって負債が発生するリスクや、QRコード決済に数十万円相当の残高が入ったまま気づかれずに放置される例、クラウドサービスの利用料が請求され続ける例が挙げられている。海外の事業者が運営するサービスの場合、日本語の窓口自体がなく、解約や削除の手続きに時間がかかることも珍しくない。

解約には、契約者本人によるログインか、事業者所定の死亡手続き(戸籍謄本等の提出を求められることが多い)が必要になる。どのサービスを契約していたかという情報自体が本人以外にはわからないままだと、相続人はクレジットカードの利用明細や銀行口座の引き落とし履歴を手がかりに、一件ずつ洗い出す作業を迫られる。支払い方法別の具体的なトラブル事例や、解約と相続放棄の関係、NHK受信料のような「サブスクに似た契約」の扱いはサブスクリプション解約の記事で詳しく解説している。

暗号資産も相続財産の一つ

暗号資産(仮想通貨)も、預貯金や有価証券と同じく相続財産に含まれる財産の一つである。国税庁が公表している「暗号資産に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」には、相続や贈与により取得した暗号資産の評価方法を扱う項目が設けられており、被相続人の死亡時点でその暗号資産について被相続人が選択していた評価方法により評価した金額が、相続人にとっての取得価額の基礎になるとされている。ただし、暗号資産は取引所の口座情報やウォレットの秘密鍵がわからなければ、相続人が存在自体に気づけないまま放置されてしまう危険がある。取引明細のメールや口座開設時の書類が見つかった場合は、当該取引所に相続手続きの方法を問い合わせる必要がある。相続税の評価額の確定時期や、売却時にかかる所得税との兼ね合いなど、暗号資産特有の税務は暗号資産の相続の記事で扱っている。

SNSアカウントは家族でも中身を見られないことが多い

SNSやメールなどのアカウントは、契約約款上は本人一身専属の利用権とされていることが多く、多くの事業者がアカウント自体の相続を想定していない。加えて、通信の内容やメッセージのやり取りは電気通信事業法が定める「通信の秘密」の保護対象になり、家族であっても本人以外の第三者にあたるため、事業者側が開示に慎重な姿勢を取りやすい。一方で、思い出の写真や家族とのやり取りが保存されたままになるケースも多く、放置してよいか、削除を申請すべきかを家族内で判断に迷う場面が出てくる。Facebook・Instagramのように「追悼アカウント」へ切り替えられるサービスがある一方、X(旧Twitter)やLINEのように削除の申請しか受け付けていないサービスもあり、対応はサービスごとに大きく異なる。サービスごとの申請方法や、日本ではまだ司法判断が示されていないアカウントの相続性をめぐる海外の判例はSNSアカウントの記事で扱っている。

通帳やキャッシュカードが見つからないときは

ネット銀行の利用が広がり、通帳やキャッシュカードそのものが発行されない口座も増えている。心当たりの金融機関があるなら、その銀行の全支店を横断的に調べてもらう「全店照会(名寄せ)」という制度が使える。まったく見当がつかない場合は、2025年4月から始まった「相続時預貯金口座照会」制度を使う方法もある。これは預金保険機構が実施主体となり、相続人がマイナンバーを使って照会を申し込むと、全国の対応金融機関に一括で照会をかけてくれる仕組みだが、対象になるのは故人が生前にマイナンバーと口座の紐づけを届け出ていた場合に限られる。制度の申請方法や必要書類、休眠預金の扱いは預金口座の探し方の記事にまとめている。

専門業者に依頼するという選択肢と、その限界

自力でのロック解除やパスワードの特定が難しい場合、スマートフォンのデータ復旧やロック解除を専門にうたう民間業者も存在する。ただし、こうした業者を対象にした公的な資格制度や登録制度は今のところなく、遺品整理を担う「遺品整理士」と同様に、業者ごとの技術力や料金体系を利用者自身が見極める必要がある(民間資格としての遺品整理士の実態については「遺品整理士」の記事で扱っている)。国民生活センターが公表している資料も、専門業者への依頼を積極的に案内する内容にはなっておらず、家族自身でできる確認方法や事前の備えを中心に説明している。見積もりと作業範囲を書面で確認できるかどうかが、業者を選ぶ際の分かれ目になる。

今からできる備え — デジタル終活

国民生活センターは、こうしたトラブルを防ぐための備えとして、スマートフォンやパソコンのロック解除に必要な情報を家族の誰かがわかる形で残しておくこと、契約しているサービス名やID・パスワードの一覧を整理しておくこと、そのうえでエンディングノートを活用することを挙げている(エンディングノートの書き方や、家族との話し合いの進め方は生前整理の記事で扱っている)。

パスワードをそのまま紙に書き残す方法は、盗み見や紛失による情報漏えいのリスクと表裏一体でもある。すべてを事細かに書き残すというよりも、「どの端末に何が入っているか」「万一のときは誰に何を確認してほしいか」という所在情報だけを、信頼できる家族に伝えておくという折衷的な方法も選択肢になる。

サービスによっては、生前に指定した相手にアカウントの管理を委ねる仕組みを用意している場合もある。Appleは「故人アカウント管理連絡先」という機能を提供しており、Apple公式のサポート情報によれば、生前にこの連絡先を登録しておくと、本人の死後、指定された相手がiCloudのデータへのアクセスを申請できるようになる。ただし、故人のiCloudキーチェーン(パスワードの保管庫)を復号するための情報は、この連絡先には引き継がれない仕組みになっている。Googleにも同様に、一定期間ログインがない場合に指定した相手へデータへのアクセスを許可する「アカウント無効化管理ツール」があり、設定方法や共有できるデータの範囲はSNSアカウントの記事で扱っている。こうした仕組みは、いずれも本人が生きているうちにしか設定できない。

デジタル遺品の整理は、相続財産の全体像を把握するうえでも欠かせない作業であり、内容によっては相続放棄の判断や税務上の申告にも関わってくる。

パスワードという鍵は、本人にしか用意できない

遺族がどれだけ手を尽くしても、生体認証やパスワードそのものを他人が代わりに用意することはできない。デジタル遺品をめぐる備えの多くが「本人の生前の設定」に行き着くのは、この一点に理由がある。ロック解除の可否を家族が試す前に、契約先の特定や相続放棄の判断期限といった、動かせる手続きから手を付けるしかない。

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