亡くなった親のスマートフォンを操作していて、見慣れないアプリの通知に気づいたり、メールボックスに暗号資産交換業者からの取引報告が届いていたりして、故人がビットコインなどの暗号資産を保有していたと知る場面がある。預金通帳のように残高が一目でわかるわけではなく、パスワードや秘密鍵がなければ存在の確認すらできないまま、相続税の申告期限だけは容赦なく近づいてくる。しかも暗号資産は、相続税評価額が固定された後に値下がりしてから売却すると、相続税と所得税を合わせた負担が売却代金の水準に近づいたり、それを上回ったりしかねないという、他の相続財産にはない特有の重さを抱えている。
暗号資産も相続財産に含まれる
死亡時点で金銭的価値のある財産はすべて相続税の課税対象になるという原則があり、暗号資産もこの例外ではない。預貯金や不動産のように役所や金融機関からの通知で存在がわかるものではなく、故人が使っていたスマートフォンやパソコンに残るアプリの起動履歴、二段階認証のSMS、交換業者からの取引報告メールや年間取引報告書といった手がかりからしか、相続人が気づけないことが多い。なお、現在「暗号資産」と呼ばれているこの資産は、2020年5月1日に施行された改正資金決済法により、それまでの「仮想通貨」という呼称から法令上の名称が変更されたものである。古い記事や書籍で「仮想通貨」という表記を見かけるのはこのためで、指している中身は同じだと考えてよい。デジタル遺品全般の備え方や、スマホのロック解除・サブスク解約といった周辺の実務についてはデジタル遺品とは?スマホのロック解除・サブスク解約・暗号資産の相続で家族が困らないための備えで扱っており、本記事では暗号資産に絞って評価と税金、相続手続きの実務を掘り下げる。
相続税の評価額はどう決まるか
暗号資産の相続税評価額は、その暗号資産に活発な取引市場があるかどうかで算定方法が分かれる。活発な市場がある暗号資産(ビットコインなど主要な銘柄の大半が該当する)については、相続人が取引を行っている暗号資産交換業者が、課税時期、つまり被相続人が亡くなった日に公表する取引価格をもとに評価する。複数の交換業者に口座を持ち、それぞれで同じ銘柄を保有していた場合は、それぞれの残高について評価額を算出することになる。一方、活発な市場が存在しない暗号資産については、その内容や性質、実際の取引実態などを勘案し、売買実例価額や精通者(業界に詳しい専門家)の意見価格などを参考にしながら個別に評価する扱いになる。ここで重要なのは、評価額は死亡した日の時点で確定するという点である。その後どれだけ値上がりしても値下がりしても、相続税の計算に使う評価額そのものは変わらない。
相続した暗号資産を売却すると、なぜ税負担が重くなるのか
相続税を払って暗号資産を取得した後、それを売却すると、今度は所得税の対象になる。暗号資産の売却益は原則として雑所得に分類され、給与所得など他の所得と合算したうえで5〜45%の累進税率による所得税と、10%の住民税が課される。所得の高い人ほど税率が上がり、最大では所得税と住民税を合わせて55%程度の負担になる。ここで見落とされがちなのが、売却益を計算する際の「取得価額」である。相続人が支払った相続税評価額ではなく、亡くなった被相続人がもともとその暗号資産を取得したときの価額(購入価格)をそのまま引き継ぐという仕組みになっている。つまり、相続税は死亡時点の高い評価額に対して課税され、所得税は被相続人が何年も前に安く購入した価格との差額、つまり含み益全体に対して課税されるという、二段構えの負担になりやすい。
「相続税と所得税で110%」と言われる仕組みと、その限界
暗号資産に詳しい税理士や弁護士の解説では、相続税の最高税率55%と、所得税・住民税を合わせた最大負担率55%を単純に足し合わせて「最大110%の税負担になりうる」という表現がしばしば使われる。評価額が高い時点で相続税を負担した後、値下がりしてから売却しても、所得税の計算はあくまで被相続人の取得価額との差額に対して行われるため、結果として税負担の合計が売却代金に近づいたり、それを上回ったりする事態が起こりうるという意味である。もっとも、これを厳密な意味での「二重課税」と呼ぶことには異論もある。相続税は死亡時点の時価そのものに対する課税であり、所得税はその後の値上がり益に対する課税で、課税の対象が法的には異なるためである。実務上この負担の重複感を生んでいる直接の原因は、不動産や株式などの譲渡所得については「相続財産を譲渡した場合の取得費加算の特例」(租税特別措置法39条)により、支払った相続税の一部を取得費に加算して所得税の負担を軽くできる制度があるのに対し、暗号資産の売却益は雑所得に分類されるため、この特例の対象外とされている点にある。
2026年の税制改正で状況は変わるか
この重い税負担については、令和8年度税制改正大綱で見直しの方向性が示されている。改正の対象は、金融商品取引業者登録簿に登録された業者を通じて取引される「特定暗号資産」に限定され、その現物取引やデリバティブ取引、今後組成が可能になるETFから生じる所得について、給与などと合算しない一律20.315%(所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%)の申告分離課税を導入する方向で検討が進んでいる。適用開始は、関連する金融商品取引法の改正の施行日を前提に、その施行日が属する年の1月1日以降の取引からとされており、現時点で見込まれているのは令和10年(2028年)1月1日ごろである。ただし、これはあくまで税制改正大綱の段階であり、今後の国会審議を経て正式に法制化される内容であるため、時期や対象範囲が今後変わる可能性がある。また、すべての暗号資産が対象になるわけではなく、登録業者が扱う特定の銘柄に限られる見込みである点、相続で取得した暗号資産の取得費加算の特例が新制度のもとでどう扱われるかについては、今回確認した情報源の範囲では明確な記述が見当たらなかった。相続が発生した時点でどちらの制度が適用されるかによって税負担の重さが変わるため、申告のタイミングで最新の制度を確認する作業が欠かせない。
秘密鍵やパスワードがわからないと、何が起きるか
暗号資産は、秘密鍵やパスワード、交換業者のログイン情報がわからなければ、相続人が存在そのものに気づけないまま放置されてしまう危険がある。だからといって、申告義務そのものが消えるわけではない。税務署は税務調査の過程で取引履歴などから暗号資産の保有を把握できる場合があり、後日その存在が判明すれば、相続税の修正申告や期限後申告、延滞税といった対応が必要になる。すでに完了していた遺産分割協議についても、新たに見つかった財産を含めてやり直しが必要になることがある。暗号資産に限らず、遺品の中から高価なものが見つかった場合に、相続人の一存ですぐに売却や換金をしてしまうと、相続放棄や限定承認ができなくなる「法定単純承認」に該当するおそれがある点は、遺品を勝手に処分すると相続放棄ができなくなる?「法定単純承認」をわかりやすく解説で扱った一般的な考え方が暗号資産にもそのまま当てはまる。存在に気づいた時点でまず優先すべきは、売却や移転ではなく、評価額の確認と専門家への相談であり、この点は遺品整理で高価なものが見つかったら?勝手に処分しないための民法と相続税の基礎知識で扱った高価な遺品全般の考え方とも重なる。
交換業者への相続手続きはどう進めるか
暗号資産の相続手続きは、証券会社の相続手続きとよく似ており、交換業者ごとに窓口と書式が用意されている。国内大手のbitFlyerの場合、まず代表相続人が窓口へ連絡すると、交換業者から必要書類の案内が届く。必要になるのは、発行から一定期間内の法定相続情報一覧図、相続人全員の印鑑証明書(市町村発行後6か月以内)、交換業者所定の相続届などで、弁護士や司法書士が代理する場合は委任状も加わる。相続人の中に未成年者がいる場合は、特別代理人選任審判書とその印鑑証明書の提出を求められることもある。書類を返送し、代表相続人が新たにアカウントを開設して本人確認を終えると、被相続人のアカウントにあった日本円と暗号資産は、換金されることなくそのまま代表相続人のアカウントへ移管され、最後に被相続人のアカウントが閉鎖される。Coincheckの場合も、ウェブ上の相続届に相続人全員が記入・署名捺印し、死亡を証明する書類などと合わせて郵送すると、残高証明書が発行される流れになっている。書類の内容や必要な部数は交換業者ごとに異なるため、故人が使っていた交換業者が判明した時点で、その業者の相続専用窓口に直接問い合わせるのが確実である。
NFTなど暗号資産以外のデジタル資産はどう扱われるか
NFT(非代替性トークン)のようなデジタル資産についても、金銭的価値があれば理屈のうえでは相続財産に含まれうるが、暗号資産のように交換業者が公表する取引価格を基準にできる場面は限られ、相続時の取扱いや評価方法について明確な指針が定まっていない部分が多い。資産価値の判定自体が難しく、場合によっては実質的に相続の対象として扱いにくいケースも出てくる。故人がNFTやそれに類するデジタル資産を保有していたとわかった場合は、暗号資産以上に早い段階で税理士など専門家に相談する必要がある。
暗号資産は、見つかった瞬間から相続税の申告期限という時計がすでに動き出している一方で、パスワードが解けなければ売ることも移すこともできないという、板挟みの財産である。相続税の申告期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月であり、遺品整理はいつから始める?四十九日と相続放棄・相続税の期限、気持ちの整理がつかないときの考え方で扱った他の期限とも重なって動いている。遺品整理の費用は相続財産から払える?相続税の債務控除と払戻し制度の関係を解説で扱った相続税全体の資金繰りの中に、暗号資産の評価額も組み込んで考える必要がある。焦って売却や移転をする前に、評価額の算定根拠と取得価額の引き継ぎ方を押さえておくことが、そのまま税負担の重さを左右する。

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