遺品整理で香典帳や香典返しの領収書が出てきたら?相続財産に含まれない理由と、相続税・贈与税がかからない仕組み

仏壇の引き出しを整理していたら、色あせた香典帳と、まだ包みを解いていない香典袋が何枚か出てきた。四十九日を過ぎても渡しそびれたのか、葬儀直後の混乱でそのまま忘れられていたのか。相続税の申告に向けて遺産の全体像を洗い出している最中にこれを見つけると、この現金を遺産に計上すべきなのか、相続人同士で分けるべきなのか、判断に迷う。実は香典は、法律上も税務上も、被相続人の遺産とはまったく別の場所に位置づけられている。

香典は誰のものか — 相続財産に含まれない理由

相続財産とは、被相続人が死亡した時点で被相続人に帰属していた財産を指す。香典は参列者が葬儀の後に持参するものであり、被相続人が生きている間に受け取ったものではない。この一点だけでも、香典が相続財産に含まれないことの説明になる。

では誰のものかといえば、実務上は喪主個人への贈与だと考えられている。香典を渡す側の意思は「遺族の経済的負担を軽くしたい」というものであり、宛先は被相続人ではなく、葬儀を主宰する喪主に向いている。堺の弁護士による相続相談サイトも、香典は相続開始後に発生する金銭であり被相続人に帰属していたものではないため相続財産に該当せず、法定相続人全員の合意がない限り遺産分割の対象にもならないと説明している。名古屋の弁護士による解説も同様に、香典は「葬式費用に充てることを目的として、葬式の主宰者である喪主に対し贈与される」ものだとする裁判例の考え方を紹介しており、費用を実際に負担したのが喪主以外の親族であっても、参列者の贈与の意思そのものは喪主に向かうと整理している。香典帳に記された金額を見て「これは遺産の一部では」と身構える必要はない。

贈与税もかからない — 「社会通念上相当」という線引き

相続財産でないなら贈与にあたるはずだが、香典に贈与税がかかったという話はまず聞かない。国税庁は「贈与税の対象とならない弔慰金等」のなかで、個人から受ける香典や花輪代、年末年始の贈答、見舞金等について、法律上は贈与に該当するものであっても、社交上の必要によるもので贈与者と受贈者との関係等に照らして社会通念上相当と認められるものには贈与税を課税しない扱いだとしている。この非課税の根拠は相続税法基本通達21の3-9にあり、条文は「個人から受ける香典、花輪代、年末年始の贈答、祝物又は見舞い等のための金品で、法律上贈与に該当するものであっても、社交上の必要によるもので贈与者と受贈者との関係等に照らして社会通念上相当と認められるものについては、贈与税を課税しないことに取り扱うものとする」と定めている。

ポイントは「社会通念上相当」という基準であって、金額の上限が明示されているわけではない点だ。地域や故人との関係性によって相場に幅がある以上、国税庁も一律の金額でこの非課税枠を区切っていない。裏を返せば、常識の範囲を大きく外れる高額な香典が特定の一人に集中した場合は、この非課税の理屈が通用しない可能性も理論上は残る。とはいえ、遺品整理の現場で見つかる香典帳や香典袋が、この基準を心配しなければならないような金額になることはまずない。

香典返しの費用は、相続税の申告では控除できない

相続税の申告では、葬式費用を遺産総額から差し引くことができる。ここで多くの人が誤解しやすいのが、香典返しの費用の扱いだ。国税庁の「相続財産から控除できる葬式費用」は、控除できるものとして火葬・埋葬・納骨にかかった費用、遺体や遺骨の回送にかかった費用、葬式の前後に生じた通夜などの費用、寺院などへの読経料といった費用を挙げる一方、香典返しのためにかかった費用は、これらの葬式費用には該当しないと明記している。墓石や墓地の購入費用、法要にかかる費用も同様に控除対象外だ。

理由を突き詰めると、香典そのものが非課税財産として遺産の計算から外れているために、その裏返しである香典返しの支出も遺産の計算に入れない、という対応関係になっている。受け取った香典を相続税の課税対象に含めていない以上、それに対する返礼の費用だけを遺産から差し引くと、帳尻が合わなくなってしまう。香典帳とあわせて香典返しの領収書控えが出てきた場合、それを相続税の申告書に添付する必要はない。誰にいくらの香典返しをしたのかという記録として、次の法要の案内状を書く際に役立つ程度のものだと考えておけばよい。

葬儀費用に香典を充ててよいか、余ったお金はどうなるか

香典は喪主への贈与であると同時に、その趣旨は葬儀にかかる遺族の負担を軽くすることにある。そのため、喪主が受け取った香典を葬儀費用の支払いに充てること自体は、贈与した参列者の意図にも沿っており、問題にならない。葬儀費用の負担者と香典の関係を解説するサイトも、香典は喪主に対する贈与であるため遺産には含まれず、特段の事情がない限り相続人間で分割する必要はないとしたうえで、喪主は香典を葬儀費用に充当でき、実質的な負担額は葬儀費用から香典額を差し引いた残額になるという考え方を示している。

では香典が葬儀費用を上回り、手元にお金が残った場合はどうか。この余剰分についても、香典そのものが喪主個人への贈与である以上、原則として喪主自身の財産になる。相続人の一人が「葬儀費用より香典の方が多かったのだから、残りは遺産として分けるべきだ」と主張しても、法的な裏付けは弱い。ただし実際の家庭では、香典の管理を任された人がその全額を独り占めする形になると、他の相続人との関係がこじれる火種になりやすい。次に説明するとおり、法律上の扱いと、実務上のトラブルの避け方は分けて考える必要がある。

兄弟姉妹で香典を分けるべきか — 遺産分割協議とは別の話

香典が遺産分割の対象にならないというのは、あくまで「相続人全員の合意なしに、当然に分割対象となるわけではない」という意味であって、相続人同士で話し合って分ける道が閉ざされているわけではない。堺の弁護士による解説も、相続人全員が合意すれば香典を遺産分割協議の対象に含めることは可能であり、香典返しと葬儀費用の差額をめぐって相続人間の意見が対立した場合は、最終的に遺産分割調停や訴訟に発展することもあると指摘している。

遺品整理の場面でこの問題が顕在化しやすいのは、香典帳や現金を最初に見つけた相続人が、他の相続人に何も伝えないまま処理を進めてしまったときだ。法律上の帰属先がどうであれ、香典帳という記録がある以上、誰からいくら受け取ったかは相続人全員が把握できる状態にしておいた方がよい。金額の多寡よりも、情報を独占しない姿勢の方が、後々の関係を左右する。

葬儀費用は結局誰が負担するのか — 喪主負担説が優勢な裁判例

香典を葬儀費用に充てるという話の前提には、葬儀費用を誰が負担すべきかという、もう一段階手前の論点が控えている。この点について最高裁判所の統一的な判断はまだ示されておらず、古い裁判例では相続人全員で負担すべきだとする判断が目立つ一方、近年の裁判例では喪主が負担すべきだとする判断が増えている。名古屋高等裁判所平成24年3月29日判決は、被相続人が生前に自らの葬儀に関する契約を締結しておらず、かつ相続人や関係者の間で葬儀費用の負担についての合意がない場合には、追悼儀式にかかる費用は、自己の責任と計算においてその儀式を準備・手配して挙行した者、すなわち喪主が負担すべきだと判示している。

この考え方に立つと、喪主が立て替えた葬儀費用を、あとから他の相続人に相続分に応じて請求することは当然にはできない、ということになる。もっとも、相続人間で費用を分担する合意ができているなら、その合意が優先される。喪主一人が葬儀の内容を決めて費用も背負うのか、相続人全員で話し合って分担するのかは、香典をどう扱うかとあわせて、遺品整理を始める前の早い段階で確認しておきたい点だ。相続人が立て替えた葬儀費用や遺品整理費用を、他の相続人からどう精算するかという実務的な手順は遺品整理の費用は誰が払う?相続人間の負担割合と、一人が立て替えた場合の精算方法で扱っている。

会社が施主になる「社葬」では扱いが変わる

ここまでは個人として葬儀を営んだ場合の話だが、会社の代表者や役員が亡くなり、会社が施主となって「社葬」を行うケースでは、香典の扱いに別の論点が加わる。国税庁の「社葬費用の取扱い」は、社葬を行うことが社会通念上相当と認められるときは、会社が負担した金額のうち社葬のために通常必要と認められる部分の金額を、その事業年度の損金に算入できるとしている。そのうえで、会葬者が持参した香典等については、法人の収入とせずに遺族の収入とすることができるとも説明している。

つまり、社葬であっても香典自体は遺族個人の収入として扱ってよく、これまで見てきた個人葬の場合と同じく相続財産には含まれない。実務上は、会社が社葬費用の全額を負担し、集まった香典はそのまま遺族に渡すという運用が一般的だ。遺品整理の過程で、故人が生前に会社の代表者や役員を務めていて社葬の記録や請求書控えが出てきた場合、その費用は会社の経費として処理されているはずで、遺族が個人として相続税の申告に組み込む必要はない。

「弔慰金」は香典とは別物 — 非課税枠を超えると相続税がかかる

香典と混同されやすいのが、勤務先の会社から支給される「弔慰金」だ。香典が参列者個人から喪主への贈与であるのに対し、弔慰金は雇用主から遺族への支給であり、性質も税務上の扱いも異なる。相続税法基本通達3-20は、雇用主から支給される弔慰金等について、被相続人の死亡が業務上の死亡である場合は死亡当時の普通給与の3年分に相当する金額まで、業務上の死亡でない場合は普通給与の半年分に相当する金額までを、非課税の弔慰金として扱うと定めている。ここでいう普通給与とは、賞与を除いた俸給や給料、賃金、扶養手当、勤務地手当等の合計額を指す。

この基準額を超える部分については、弔慰金という名目であっても、実質的には退職手当金等に該当するものとして扱われ、相続税の課税対象になる。死亡退職金には別途「500万円×法定相続人の数」という非課税枠が設けられているため、弔慰金の超過分はこの死亡退職金の非課税枠と合算して判定されることになる。死亡退職金そのものの非課税枠や相続財産への算入方法については遺品整理で退職金の通知書が出てきたら?死亡退職金は相続財産に入らない仕組みと、相続税の非課税枠で詳しく扱っている。香典帳とは別に、勤務先からの弔慰金の通知書や振込明細が出てきた場合は、香典と同じ感覚で読み流さず、金額を確認しておく価値がある。

相続放棄を考えているときに香典を受け取ってもよいか

負債の存在に不安があり相続放棄を検討している場合、遺品や現金に手をつけると相続放棄ができなくなるという知識から、香典を受け取ってよいものか迷う人もいる。結論から言えば、香典は被相続人の相続財産ではなく喪主個人への贈与であるため、これを受け取っても民法921条1号が定める「相続財産の処分」にはあたらず、法定単純承認が成立する原因にはならない。遺品の処分がなぜ相続放棄をできなくするのか、どこまでの行為がセーフでどこからがアウトなのかという全体像は遺品を勝手に処分すると相続放棄ができなくなる?「法定単純承認」をわかりやすく解説で整理している。

注意が必要なのは、香典そのものではなく、葬儀費用や香典返しの支払いに被相続人名義の預金を使った場合だ。香典という遺族固有の収入と、被相続人の預金という相続財産は別の財布であり、後者を動かせば話は変わってくる。遺産にどこまで手をつけてよいかを判断する材料として、遺品整理の費用を相続財産から支出できるかどうかは遺品整理の費用は相続財産から払える?相続税の債務控除と払戻し制度の関係を解説で扱っている。相続税の申告そのものが必要かどうかの判断基準は遺品整理で通帳や証券会社からの書類が何通も出てきたら?相続税の申告が必要かどうかの判断基準と、10か月の申告期限を解説で扱っているので、香典帳とあわせて通帳や証書が見つかった場合はこちらもあわせて確認してほしい。

香典帳は捨てる前に、次の法要のことを考える

相続税の申告という観点だけで見れば、香典帳や香典返しの領収書控えは申告書に添付する書類ではなく、処分しても法的な問題は生じない。それでも遺品整理の現場でこれをすぐに捨ててしまわない方がよい理由がある。四十九日や一周忌といった今後の法要で、誰にどの程度のお付き合いがあったかを確認する手がかりになるからだ。香典帳に記された名前と金額は、相続財産の計算には関係しなくても、遺族の人間関係の記録としては当分の間、価値を持ち続ける。

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