生前整理は何から始める?エンディングノートと遺言書、家族との話し合いを解説

「うちも元気なうちに整理しておかないとね」――正月に実家へ帰省したとき、そんな言葉を親からふと向けられた経験がある人は少なくない。遺品整理は、亡くなった方の持ち物を遺族が仕分けていく作業だが、その負担の多くは、本人の意思を確認できないまま「これは残すべきか、処分してよいか」を遺族が一つひとつ判断していく手間に由来する。生前整理は、本人が元気なうちに持ち物や必要な情報を自分の意思で整理しておくことで、その手間そのものを減らす準備であり、何歳から、何から手をつければよいのかで迷う人は多い。

生前整理と遺品整理はどう違うのか

遺品整理と生前整理の最大の違いは、判断する人が本人か遺族かという点にある。遺品整理では本人の意思を確認できないまま遺族が判断を重ねることになりやすいが、生前整理は本人自身が「残すか、手放すか」を決められる。始める時期に法律上の決まりはなく、年齢や健康状態にかかわらずいつ着手してもかまわない。法務局が司法書士会と共同で作成し窓口配付しているエンディングノートの案内でも、終活を通じてこれからの人生をより明るく前向きに過ごしてもらうことが目的として説明されており、生前整理は「亡くなる準備」というより「これからの生き方を整える機会」として位置づけられている。一人暮らしの高齢者や、家族と離れて暮らしている場合は特に、日頃から何を伝えておくかが後の遺族の負担を大きく左右する。

生前整理は何歳から始めればいいのか

「何歳から始めるべきか」という問いに、法律上の答えはない。ただし実務上の目安はある。生前整理で扱う手続き――贈与契約を結ぶ、不動産を売却する、遺言書を作成する――は、いずれも本人に契約や遺言の内容を理解し判断できる意思能力があることが前提になる。認知症などで判断能力が低下すると、これらの手続きは本人だけでは進められなくなり、家族が成年後見制度を利用して財産管理を代行せざるを得ない場面が増える。最高裁判所事務総局家庭局の「成年後見関係事件の概況」(令和7年1月~12月)によれば、令和7年の申立件数は合計43,159件にのぼり、後見等開始の動機のうち認知症が約61.3%を占め、突出して多い原因となっている。成年後見人が就いた後の財産管理や、本人が亡くなった後の死後事務の範囲については成年後見人がついていた家族が亡くなったら?で扱っているが、後見制度に頼らざるを得なくなる前――つまり判断能力がしっかりしているうちに始められるかどうかが、生前整理の実質的な期限になっている。

何から手をつければいいか――モノ・お金・デジタルの三つの整理

生前整理で扱う対象は、大きく分けると三つある。ひとつは衣類や家具、趣味の道具といった「モノ」の整理で、置き場所ごとに使う頻度の低いものから手をつけると、判断疲れを起こしにくい。二つ目は預貯金口座や保険証券、不動産の権利証といった「お金・財産」に関する情報の整理である。複数の金融機関に口座が分散していたり、権利証がどこにあるか本人しか把握していなかったりすると、遺族はまず「何がどこにあるか」を探すところから始めることになる。権利証や登記関係の書類が見つかった後の相続手続きについては遺品整理で見つかった権利証はどうする?、逆に安易に処分してはいけない書類の考え方は遺品整理で捨ててはいけないものとは?で扱っている。三つ目はスマートフォンのロック解除方法やネット銀行・サブスクリプションの契約情報といった「デジタル資産」で、パスワードを本人しか知らない状態のまま判断能力を失うと、家族は解約や相続の手続きに進められなくなる。デジタル遺品への備え方はデジタル遺品とは?で詳しく解説している。この三つを一度に終わらせようとせず、財産の一覧をつくることから始めると、エンディングノートに書く内容も自然と整理されていく。

最初の一歩は何にすればいいか――「全部」ではなく「ひと部屋・ひと引き出し」から

「モノ・お金・デジタルを整理する」と言われても、対象の広さに圧倒されて手が止まってしまう人は多い。実務でよく勧められるのは、一度に片付ける範囲を欲張らず、押し入れの一段、本棚の一列、財布の中身といった目に見える小さな範囲を決めて、そこだけを終わらせる進め方である。たとえば最初の一日は、心当たりのある預貯金口座(都市銀行・地方銀行・ネット銀行・ゆうちょ銀行)を思いつく限り書き出すだけにとどめ、次の週末に保険証券と不動産の権利証がどこに保管されているかを確認する、というように期間を区切って進めると、途中で挫折しにくい。確認できた口座や証券、権利証の保管場所、スマートフォンのロック解除方法といった情報は、そのまま次に説明するエンディングノートに書き写しておけば、「見つける作業」と「書き残す作業」を同時に終わらせられる。すぐに判断がつかないものは無理に結論を出さず、いったん箱や袋にまとめて後回しにし、迷わず進められるものから先に手をつけるようにすると、作業全体が途中で止まりにくい。

エンディングノートに何を書いておくか

エンディングノートに法的な効力はないが、家族が相続や各種手続きを進めるときに必要な情報を残しておく手段として、法務局や自治体も作成・配布を後押ししている。前述の法務局の案内では、法務局や司法書士が扱う相続・遺言・後見といった手続きに関する情報がわかりやすくまとめられており、家族に必要な情報を書き残すためのノートとして活用できるとされている。書く内容に決まった形式はないが、財産の一覧(預貯金口座・保険・不動産・負債)、延命治療や介護に関する希望、葬儀やお墓についての考え、家族や友人への連絡先リストといった項目を書き残しておく人が多い。財産の全体像や希望をあらかじめ書き残しておけば、遺族が本人の意向が分からないまま判断を迫られる場面を減らせる。

遺言書を残すという選択肢

財産の分け方について明確な意思がある場合は、エンディングノートとは別に、法的効力を持つ遺言書を作成する方法もある。自筆で書いた遺言書は、法務局に保管を申請できる自筆証書遺言書保管制度を利用すると、法務省の案内にあるとおり相続開始後に家庭裁判所での検認手続が不要になり、相続人の手続きの負担を減らせるとされている。この制度は、単身世帯や子のいない世帯の増加、障害のある子や疎遠な親族がいる場合など、相続関係が複雑になりやすいケースでの利用が想定されている。保管の申請にかかる手数料は一件につき3,900円で、法務省が公開している手数料一覧で確認できる。制度の具体的な申請の流れや、死亡後に家族へ通知が届く仕組みについては自筆証書遺言を法務局に預けるとどう変わる?で詳しく解説している。もう一つの方法として、公証役場で作成する公正証書遺言があり、こちらも検認が不要となる。公正証書遺言は証人2名の立ち会いや財産額に応じた公証人手数料が必要になる一方、原本が公証役場に保管されるため紛失や偽造のおそれが少ないという違いがある。自筆証書遺言・公正証書遺言のほかに秘密証書遺言という方式もあり、3つの方式それぞれのルールと選び方は遺言書はどう書けば無効にならない?で整理している。

生前整理にはどんなメリットがあるのか

ここまで見てきた内容は、いずれも遺族の負担を先送りしないための準備だが、本人自身にとっての効果も見過ごせない。前述の自筆証書遺言書保管制度を利用すれば、家庭裁判所での検認手続が不要になり、相続人は遺言の内容をすぐに実行へ移せる。財産の一覧を本人の手で作っておけば、遺産分割協議の場で「この預金はどこの口座か」「この権利証は誰の名義か」と探し回る時間が減り、前述の政府広報オンラインの記事が指摘する相続人同士の争いを防ぐ効果にも直結する。生前贈与を計画的に進める場合も、贈与税の基礎控除や生前贈与加算のルールを踏まえた対策は、本人が存命で判断できるうちにしか選べない。モノの整理についても、使う頻度の低い荷物を減らしておけば本人自身の暮らしやすさが上がるという生活面の効果があり、生前整理は遺族のための準備という側面だけでは測れない利点を持っている。

生前整理は相続税対策になるのか――生前贈与加算のルール

「生前整理は相続税対策になりますか」という疑問もよく聞かれる。生前に財産を贈与しておけば、その分だけ相続時の財産を減らせるのは事実だが、単純にモノや財産を配れば節税になるわけではない。贈与税には年110万円までの基礎控除があり(暦年課税)、この範囲内の贈与であれば贈与税はかからない。ただし国税庁のタックスアンサーによれば、相続開始前の一定期間内に行われた贈与は、基礎控除の範囲内であっても相続税の課税価格に加算される「生前贈与加算」の対象になる。この加算対象期間は税制改正で見直され、従来の相続開始前3年以内から、令和6年1月1日以後の贈与について段階的に延長され、令和13年1月1日以降に発生する相続からは相続開始前7年以内の贈与が加算対象になる(国税庁 No.4161 贈与財産の加算と税額控除)。亡くなる直前に慌てて贈与しても、相続税の計算上は打ち消される可能性が高いということであり、生前整理を兼ねた贈与は早い段階から計画的に進める必要がある。また、特定の相続人だけに偏った生前贈与は、相続税とは別の民法上の論点として特別受益にあたり、他の相続人との間で遺産分割協議のやり直しが必要になることもある。生前贈与が見つかった後の遺産分割上の扱いについては遺品整理で見つかった生前贈与の記録はどうする?で詳しく解説している。

生前整理のデメリットとして言われること

「生前整理にはデメリットもあるのでは」という声もある。代表的なのは、判断を急ぐあまり、相続手続きに必要な書類まで誤って処分してしまうリスクである。生前整理はモノを減らすこと自体が目的化しやすく、契約書や登記済証、年金関係の書類といった一見して価値がわかりにくいものほど誤って手放されやすい。もう一つは、生前贈与や形見分けを先に進めてしまうことで、他の相続人との間に不公平感が生まれ、前述の特別受益をめぐる争いに発展する場合があることだ。デメリットの多くは、生前整理そのものというより、一人で・急いで・相談せずに進めることから生じている。財産の一覧をつくり、家族と情報を共有しながら進めれば、大半は防げるリスクである。

モノを手放すときの注意点――「訪問購入」のクーリング・オフ

生前整理を機に、不用品の買い取りを業者に依頼する人も多い。自宅に来てもらって品物を買い取ってもらう「訪問購入」には、訪問販売とは別の消費者保護の仕組みがある。消費者庁の特定商取引法ガイドによれば、訪問購入で法律に定められた書面を受け取った日から8日間はクーリング・オフができ(特定商取引法58条の14)、このクーリング・オフ期間中は、いったん売る約束をした品物であっても、業者への引き渡しを拒むことができる引渡し拒絶権が認められている。独立行政法人国民生活センターの集計では、訪問購入に関する相談は減少傾向にあるものの、令和7年度も7,523件寄せられており、高齢者が在宅しているところへ業者が訪れ、依頼していない貴金属まで強引に買い取られるといった事例が報告されている。生前整理のつもりで呼んだ業者に不用品以外のものまで買い取りを迫られたとしても、その場で即決する必要はない。書面を受け取ってから8日間は、申込みの撤回や契約の解除が認められている。

家族との話し合いが遺品整理の負担を左右する

生前整理を進めるうえでもう一つ重要なのが、家族との話し合いである。政府広報オンラインが公開している相続の基本に関する記事では、大切な財産をトラブルなくスムーズに引き継ぐためにも、基本的なルールを理解し、必要な準備を行ったり家族で話し合ったりすることが大切だと説明されている。同記事では、遺言書に付言事項として家族への感謝や思いを書き添えることや、相続人全員で行う遺産分割協議によって合意点を探ること、残された配偶者の生活を守る配偶者居住権を検討することが、相続人同士の争いを防止する効果につながると紹介されている。財産の話は切り出しにくいことも多いが、一覧や希望を本人が一人で抱え込まず、早い段階から家族と共有しておくことが、結果的に相続人間の合意形成を助けることになる。実際には、生前整理を勧める側が子の立場であることも多く、「親に切り出しにくい」という悩みも少なくない。いきなり「身の回りを片付けて」と伝えると、本人には「早く死んでほしいと思われている」と受け取られ、話し合いそのものが止まってしまう。本人が自分の意思で進める準備であるという前提に立てば、代わりに進めようとするのではなく、判断能力がしっかりしているうちに取り組む利点――前述の相続トラブルの防止や、本人自身の暮らしやすさの向上――を共有することから始めるほうが受け入れられやすい。実家への帰省や正月など家族が集まる機会に、相続やエンディングノートが話題になったニュースをきっかけにするなど、本人の生活や意向を確認することから入る進め方も実務では勧められている。

判断力があるうちに、書けるところから

生前整理に、決まった正解の順番はない。モノの整理から始める人もいれば、エンディングノートに財産の一覧を書き出すことから始める人もいる。共通しているのは、契約や贈与、遺言といった法律行為には本人の判断能力が前提になるという一点であり、それが失われる前にどれだけ手をつけられているかが、遺族の負担を大きく左右する。まずは通帳や保険証券、権利証の保管場所を書き出すところから、その最初の一歩は始まる。

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