実家の銀行口座の取引履歴を確認していると、何年も前に亡くなった父の名義のまま、毎月同じ金額がNHKに振り込まれ続けていることに気づく、という場面がある。テレビはとうに処分して誰も見ていないはずなのに、支払いだけは止まっていない。電気やガスのように契約者が死亡すれば自動的に解約されるものだと思い込んでいると、この「止まらない契約」の仕組みに驚くことになる。
受信契約は、死亡そのものでは終わらない
放送法64条1項は、日本放送協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者に対し、その放送の受信についての契約の締結を強制する旨を定めている。この条文の合憲性を判断した最高裁判所大法廷の平成29年12月6日判決も、同じ条文を前提に審理している。契約を発生させる根拠は「受信設備を設置した者」という事実であって、契約者個人の生死そのものではない。契約者が亡くなっても、その住居にテレビが残り、誰かがそこに住み続けている限り、法律上は「設置者」がいる状態が続いていることになる。だからこそ、死亡届を出しても、NHKの受信契約だけは自動的には終わらない。
この点は、死亡後14日以内に役所へ届け出る手続きとはまったく別の構造になっている。世帯主変更届や保険の資格喪失届は、死亡届を出す窓口でまとめて案内してもらえることが多いが、NHKとの受信契約は役所を介さない私契約であり、市区町村の死亡情報がNHKに自動的に連携される仕組みはない。家族が自分からNHKに連絡しない限り、口座からの引き落としや振込用紙の送付は何も変わらず続いていく。
「解約」と「名義変更」、分かれ目はどこにあるか
NHKが運営する公式の受信料窓口サイトは、解約の条件を「住居にどなたもお住まいでなくなる場合や、テレビの廃棄・故障やNHKの配信の受信終了などにより受信契約を要しなくなった場合」と説明している。実家が空き家になった、あるいはテレビを処分して誰も受信機を持たなくなった場合に初めて、解約の対象になるということだ。逆に、家族がその家に住み続け、テレビも引き続き使うのであれば、契約そのものは途切れさせず、契約者の名前だけを新しい世帯主などに差し替える「名義変更」の手続きになる。
条件がはっきりしているはずのこの判断でも、現場の対応がずれることがある。介護のため同居していた父親が亡くなり、遺族がテレビを撤去したうえで解約を申し出たところ、電話口の担当者から「契約者が亡くなっても、その住居に誰かが住んでいる限り契約は継続する」という理由で解約を拒否された事例が報じられている。テレビを撤去した時点で解約の条件そのものは満たしていたにもかかわらず、この対応がとられたという。窓口の説明だけをそのまま受け取らず、テレビを処分した日付や方法を記録しておき、解約条件に当てはまることをはっきり伝えられるようにしておいたほうがよい。
解約は電話と郵送、名義変更はネットでも完結する
名義変更は、NHK公式サイトの受信料窓口から、新しい契約者の氏名や支払い方法などをインターネットで入力して完了させることができる。これに対して解約は、インターネットの手続きだけでは完了しない。まずNHKふれあいセンター(0570-077-077、またはフリーダイヤル0120-151515)に電話をかけ、死亡による解約であることを伝えると、数週間ほどで「放送受信契約解約届」が郵送されてくる。これに署名または押印し、死亡の事実がわかる書類(死亡診断書のコピーなど)を添えて、同封の返信用封筒で返送するという流れになる。携帯電話やクレジットカードの解約がインターネットだけで完結する時代に慣れていると、この郵送のやりとりは手間に感じられるかもしれないが、死亡による解約だけは電話と郵送が前提になっている。
「名義変更」という呼び方がついていても、内実は新しい契約が始まっているのとそう変わらない。放送法64条1項は受信設備を設置した者に契約義務を課しているため、同居していた家族がその住居に住み続け、テレビを使い続けるなら、家族自身が新たな「設置者」として契約の義務を負うことになる。NHKの手続きが「名義変更」という名前で済むのは、既存の契約番号や支払い方法をそのまま引き継げるようにする事務上の簡略化であって、設置者としての契約義務そのものが消えてなくなるわけではない。
この電話連絡や解約届への署名は、相続人のうち誰か一人が行えば足りる。世帯主変更届や保険の資格喪失届の提出がそれ自体では法定単純承認にあたらないのと同じ理屈で、すでに効力を失う契約を整理するための届出は、故人の財産を処分する行為ではなく、遺族に課された事務の履行にすぎない。相続人全員の同意や押印を揃えてから連絡しなければならない、というものではない。
前払いしていた受信料は、どこに返ってくるのか
NHKの受信料は6か月前払いや12か月前払いといった形でまとめて支払われていることが多く、解約が受理されると、受理後の期間分は返金される対象になる。ただし、返金先に故人名義の口座を指定することはできない。死亡後の銀行口座は凍結され、入出金ができなくなるためで、この制約はネット銀行の相続手続きでも同様に生じる。解約届に記入する返金先は、手続きを進める遺族自身の口座になる。
未払いのまま見つかったら、誰が払うことになるのか
逆に、受信料が何か月分も未払いのまま契約者が死亡していた場合はどうなるか。この未払い分は故人が負っていた「債務」として扱われ、民法896条・899条により、相続人が法定相続分に応じて引き継ぐことになる。携帯電話の利用料金やサブスクリプションの未払い分と同じ理屈で、契約は相続人の誰かが連絡するまで止まらず、未払いの請求だけが積み重なっていく。相続放棄をすれば支払う義務はなくなるが、相続放棄を検討している段階で、遺品整理の過程で見つかった未払い分をうっかり故人の財産から支払ってしまうと、相続財産の処分とみなされて法定単純承認が成立し、あとから相続放棄や限定承認を選べなくなるおそれがある。未払いに気づいたら、先に支払ってしまうのではなく、相続放棄の期限と遺産全体の内容を確認するのが順序になる。
この未払い分には消滅時効もある。最高裁判所は受信料を1年以内の一定期間ごとに支払う「定期給付債権」と位置づけ、平成26年9月5日の判決で、当時の民法169条が定める短期消滅時効(5年)が適用されると判断した。2020年施行の現行民法166条1項のもとでも、同種の債権には同様に5年の消滅時効が及ぶと解されている。もっとも、これは契約がすでに成立していた場合の話で、テレビを設置していたのに受信契約自体を結んでいなかったケースは扱いが異なる。前出の平成29年12月6日の大法廷判決は、契約の締結を拒んでいた設置者について、NHKの訴えが確定判決によって認められた時点で契約が成立したとみなし、そこから消滅時効が進行すると判示している。契約済みの未払い分は5年ごとに順次消滅していくが、契約自体を結んでいなかった期間の受信料は、訴訟で契約の成立が認められるまで時効が動かないことになる。
死亡時点で残っていた未払いの受信料は、相続税の計算上は債務控除の対象になり、相続財産の総額からその分を差し引くことができる。相続税の申告が必要になるケースでは、未払いの受信料も見落とさずに記録しておく価値がある。
電気やガスと同じ発想では止まらない契約だと知っておく
使用量がゼロになれば料金も止まる電気やガスの契約と違い、NHKの受信契約は携帯電話やサブスクリプションと同じく、契約者本人の死亡をNHK側が知らない限り動き続ける。実家の口座から見覚えのない振込やNHKからの払込用紙が続いているのを見つけたら、まずテレビが今どこにあるか、誰がその家に住んでいるかを確認し、解約なのか名義変更なのかをはっきりさせてから電話をかける。それが、郵送でのやり直しや窓口での行き違いを防ぐ一番の近道になる。

コメント Comments
コメント一覧
コメントはありません。