実家の片付けをしていた長男が、気づけば一人で家財道具の大半を処分し終えていた。他の兄弟姉妹には「そろそろ片付けようと思う」と一言あっただけで、何を捨てて何を残したかの相談はなかった。数か月後、遺産分割の話し合いの場で「勝手に処分したものの中に高価なものはなかったのか」「なぜ自分たちに確認しなかったのか」という不信感が噴き出す。遺品整理は法律上、相続人全員が顔をそろえて行わなければならない手続きなのか、それとも一人が代表して進めても構わないのか。この線引きを知らないまま作業を始めると、良かれと思って動いたことが後の相続トラブルの火種になる。
1. 遺品整理そのものに「全員での実施」という法律上のルールはない
結論から言うと、遺品整理という作業を相続人全員が現地に集まって一緒に行わなければならない、という法律上の義務は存在しない。遺品を仕分けたり、部屋を掃除したり、不用品を運び出したりする行為自体は「事実行為」であり、誰が実際に手を動かすかについて民法は何も定めていない。同居していた相続人一人が中心になって作業を進めること自体は、それだけでは違法でも何でもない。
問題になるのは「誰が作業するか」ではなく、「遺品という財産をどう扱うか」という部分である。遺品の中身は、故人が遺した現金や家財道具、貴金属、権利証といった相続財産そのものであり、これをどう仕分け、何を残し、何を処分するかという判断は、単なる片付け作業とは別に、相続財産の管理・処分という法律上の意味を持つ。遺品整理で本当に「全員」が関わるべきかどうかは、この財産の扱いの部分で考える必要がある。
2. 遺品は遺産分割が終わるまで相続人全員の共有物になる
民法898条1項は、相続人が複数いるとき相続財産はその共有に属すると定めている。この「共有」は、不動産の名義を複数人で持ち合うような場合の共有関係(民法249条以下)と別物ではなく、性質を異にするものではないと最高裁判所が明確にしている(最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決)。つまり遺産分割が成立するまでの間、故人名義の預貯金や不動産だけでなく、家財道具や貴金属、思い出の品といった遺品(動産)についても、相続人全員がそれぞれの相続分に応じた持分を持つ共有状態にあるということになる。
この共有関係のルールは令和3年の民法改正でも整理されており、新設された898条2項では、相続財産に共有の規定を適用する際の持分割合は、900条から902条までの規定で算定した相続分によることが明文化された(クレアール司法書士講座の解説)。遺品整理で見つかった通帳や権利証を勝手に処分してはいけないと言われるのは、性格の悪い相続人を疑っているからではなく、それらが法律上まだ「自分だけのもの」になっていない、全員の共有財産だからである。
3. 「保存」「管理」「処分」で必要な同意の範囲が変わる
共有財産に対して何をしてよいかは、その行為が保存行為・管理行為・変更(処分)行為のどれに当たるかによって、必要な同意の人数が変わってくる(民法251条・252条)。まず保存行為とは、現状を維持するための行為で、各共有者が単独で行うことができる。遺品整理でいえば、冷蔵庫の中の生もの処分、放置すると傷む郵便物や請求書の確認、家屋の施錠管理といった行為がこれにあたり、一人の相続人の判断で進めても問題は生じにくい。
次に管理行為は、共有物を利用・改良する行為で、共有者の持分価格の過半数の同意で決められる。遺品整理をどう進めるか、業者に依頼するかどうかといった段取りの決定は、この管理行為に近い性質を持つ。そして最後の変更・処分行為、つまり遺品を捨てる、売る、誰かに譲るという行為は、原則として共有者全員の同意が必要になる(民法252条の解説)。遺品整理のトラブルの多くは、この「処分」の部分を一人の相続人が独断で進めてしまうことから生じている。
税理士法人チェスターの解説でも、遺産分割前の相続財産の処分は原則としてできず、行ってよいのは全員の同意がある場合や、腐敗物の処分のような保存行為に限られるとされている(税理士法人チェスター「遺産分割前にできる処分」)。さらに、遺品を勝手に処分すると相続放棄や限定承認ができなくなる「法定単純承認」に該当するおそれもある。単純承認の要件や、どこまでが「処分」にあたるかの具体的な線引きは法定単純承認について整理した記事で詳しく解説しているので、借金の可能性が少しでもある場合は特に確認しておきたい。
4. 一部の相続人だけで進めた場合に起きやすいトラブル
実際の遺品整理の現場では、遠方に住む相続人や仕事が忙しい相続人がいる関係で、同居していた相続人や近くに住む相続人が中心になって進めるケースが大半を占める。それ自体は現実的な役割分担であり、否定されるものではない。問題は、処分した内容が他の相続人と共有されないまま作業が進んでしまうことにある。
後日、遺産分割協議の場で「あの時計はどこに行ったのか」「貴金属は本当になかったのか」という疑いが向けられると、悪意がなかったとしても弁明が難しくなる。処分した記録や写真が残っていなければ、憶測だけで疑心暗鬼が広がり、協議そのものが停滞しかねない。仕分けの順番と独断処分の法的トラブルについてまとめた記事で触れている手順を踏み、処分前に写真を撮る、リストを作る、他の相続人に定期的に報告するといった記録を残す作業は、面倒に見えても後々の自分自身を守る手段になる。
また、相続放棄を検討している相続人が一人でもいる場合はさらに注意が必要になる。その人が遺品の処分に関与すると、単純承認とみなされて相続放棄ができなくなる可能性があるため、遺品整理を始める前に、相続人全員の間で誰が放棄を検討しているのかを共有しておく必要がある。着服や横領が疑われる典型的なトラブルの実例は「ネコババ」問題を扱った記事で紹介している。
5. 相続人以外の人が遺品整理を手伝うときに注意すべきこと
内縁のパートナーや同居していた友人、近所に住む親族以外の知人が遺品整理を手伝う場面も少なくない。作業自体は事実行為なので、相続人以外の人が仕分けや清掃、荷物の運び出しを手伝うこと自体に法律上の制約はない。ただし、何を残し何を処分するかという判断は、あくまで共有者である相続人の権限に属する。
相続人ではない人が独断で「もう使わないだろう」と判断して高価な品を処分したり、誰かに譲ったりしてしまうと、正当な権限のない者による共有物の処分として、後から相続人との間でトラブルになる。手伝ってもらう場合は、相続人が最終的な判断者であることをあらかじめ共有し、迷う品物は必ず相続人に確認してから処分するという運用にしておくのが無難である。内縁関係にあった同居人自身の法的な立場や、住み続けられるかどうかについては内縁の夫婦の遺品整理を扱った記事で別途整理している。
6. 連絡が取れない・非協力的な相続人がいる場合
相続人の中に、遠方在住で身動きが取れない人だけでなく、連絡そのものに応じない人や、感情的な理由で関与を拒む人がいることもある。こうした場合でも、遺産分割協議そのものは相続人全員の参加が前提になるため、一人でも欠けたまま話し合いを進めることはできない。話し合いが平行線のまま進まない場合の家庭裁判所の手続きについては遺産分割協議がまとまらない場合の記事で解説している。
ただし遺品整理の作業そのものは、前述の保存行為の範囲であれば非協力的な相続人がいても単独で進めることができる。生もの・危険物の処分や、家屋の管理といった現状維持の作業は待ったなしで必要になることが多いため、こうした保存行為は先行させ、処分に関わる判断だけを持ち越すという分け方が現実的な落としどころになりやすい。誰が代表して連絡窓口になるかを早い段階で決めておくと、後の費用精算の場面でも話がまとまりやすくなる。費用を誰がどう負担し、立て替えた分をどう清算するかは遺品整理費用の負担割合を扱った記事で具体的に取り上げている。
7. 遺言書があるときは「全員の同意」の前提が変わる
ここまでの話は、遺言書がない、あるいは遺言の中で遺品の扱いについて特に指定がないことを前提にしている。遺言書があり、なおかつ遺言執行者が選任されている場合は事情が変わる。遺言執行者がいる相続財産については、相続人であっても遺言執行を妨げる処分行為はできず、遺品の扱いも遺言執行者の権限のもとで進めることになる。遺言執行者の権限の範囲や、相続人が単独で動けなくなる具体的な場面は遺言執行者がいる場合の記事で詳しく解説している。
また、相続人ではない第三者に特定の遺品を譲る旨の遺贈が遺言に書かれている場合、その品物は遺産分割の対象から外れ、受遺者に引き渡す対象になる。遺言書を見つけたら、開封の可否や検認の要否も含めて、遺品整理より先に内容を確認しておく必要がある。
結局のところ、線引きは「集まるかどうか」ではなく「誰が決めるか」にある
遺品整理を相続人全員で行う必要があるかという問いへの答えは、作業に全員が立ち会うかどうかではなく、遺品の処分をめぐる決定に全員の意思が反映されているかどうかにかかっている。一人が現場に立ち、みんなの了承のもとで手を動かすのであれば法律上何の問題もないが、了承のないまま処分だけが進めば、それがどれほど善意からの行動であっても後の疑念を招く。作業を始める前に、誰が何を判断し、誰にどう報告するかを決めておくことが、遺品整理を穏便に終えるための一番の近道になる。

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遺品整理で相続人に未成年者や認知症の人がいたら?特別代理人・成年後見人が必要になるケースをわかりやすく解説 – 安心ライフどっとびず がピンバックを送信
2026年9月23日 9:21 AM
[…] 遺産は、遺産分割協議が終わるまで相続人全員の共有状態に置かれる。以前相続人全員でしなければいけない?で触れたとおり、保管や供養の手配といった「保存行為」は相続人の一人 […]
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