遺品整理でペットが残されたら?「動産」として相続される法律上の扱いと、生前にできる備え

父が息を引き取った日、駆けつけた実家のリビングには、主人の帰りを待つように玄関を見つめる老犬が一匹残っていた。相続の手続きや葬儀の準備に気を取られているうちに、餌やりも散歩も数日空いてしまう家庭は少なくない。この犬もまた、故人が遺した「相続財産」の一部として法律上は動産の扱いを受けるという事実に、気づいている遺族はほとんどいない。

ペットは「遺品」ではなく、法律上は「動産」という相続財産

民法85条は「この法律において『物』とは、有体物をいう」と定めている。この条文における「物」には動物も含まれるというのが現在の民法解釈で、人格を持つ「人」とは区別され、所有権や占有権の対象となる存在として扱われている。動物愛護の理念がどれだけ広がっても、相続の場面で適用される条文は家具や現金と変わらない。

そのため、飼い主が亡くなれば民法896条「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」の規定により、ペットの所有権も他の動産と同じく相続人全員に包括的に承継される。飼い主が一人しかいなくても、相続人が複数いれば、遺産分割協議が終わるまでの間はペットも共同相続人全員の共有物という状態に置かれる。高価な遺品が見つかったときと同様に、独断で処分してよい財産ではないという構図は高価な遺品が見つかった場合の考え方と共通している。もっとも、通常のペットは市場で売買される価値がほとんどないため、実務上は相続人の一人が引き取ることで自然に決着するケースが大半であり、争いになるとすれば「誰が引き取るか」という一点に集約されやすい。

相続放棄をしても、その場で世話から手を引けるわけではない

「自分は相続に関わりたくないから、放棄してペットのことも忘れたい」と考える相続人もいるが、話はそれほど単純ではない。相続放棄をした人が、放棄の時点で現に相続財産を占有していた場合には、民法940条により「相続人又は相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない」という保存義務を負う。この規定と相続放棄の関係は相続放棄後に残る保存義務で扱った内容そのものだが、対象が生き物であれば緊急性はまるで違う。家具や書類なら数週間放置しても状態はさほど変わらないが、動物は餌や水を絶てば数日で命に関わる。

ここで実務上よく参照されるのが、ペットへの給餌は財産の現状を維持する「保存行為」にあたり、法定単純承認(民法921条1号)の対象にはならないという考え方だ。司法書士事務所の解説でもこの整理が示されており、相続放棄を予定している人が、放棄の効力が確定するまでの間ペットに餌を与え続けても、それだけで相続を承認したとみなされるリスクは低いとされている。単純承認とみなされる行為の境界線は法定単純承認の基本的な考え方で扱ったとおり「保存」を超える「処分」に踏み込むかどうかが分かれ目であり、生き延びさせるための最低限の世話はこの境界線の内側にとどまる。ただし、放棄した動物を新しい飼い主として自分名義で登録したり、動物病院で高額な治療を独断で決めたりする行為は、単なる保存を超えると判断される余地が出てくる。

保健所や動物愛護センターに任せれば済むとは限らない

相続人の誰も引き取れない場合、「とりあえず保健所に持ち込めば済む」と考えがちだが、2013年施行の動物愛護管理法改正以降、この発想は通用しにくくなっている。同法7条4項は飼い主に「当該動物がその命を終えるまで適切に飼養すること(終生飼養)に努めなければならない」という努力義務を課しており、35条1項では都道府県等は所有者からの引取りを求められれば原則として引き取らなければならないとしつつ、ただし書で「犬猫等販売業者から引取りを求められた場合その他の第七条第四項の規定の趣旨に照らして引取りを求める相当の事由がないと認められる場合として環境省令で定める場合には、その引取りを拒否することができる」と定めている(条文)。安易な放棄を防ぐ趣旨のこの規定により、単に「飼えなくなったから」という理由だけでは引取りを断られる自治体が増えている。相続の発生を理由に持ち込んだ場合に一律で引き取ってもらえるという保証はなく、事前に自治体の窓口に相談し、里親探しの努力を尽くしたかどうかを問われる場面も出てくる。

置き去りにする、放すという選択は「遺棄罪」に問われかねない

引取り先が見つからないまま、空き家になった実家にペットを残して鍵をかけて立ち去ったり、屋外に放したりする対応を取ってしまう遺族もいる。しかし動物愛護管理法44条3項は「愛護動物を遺棄した者は、1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金に処する」と定めており、環境省もこの規定を明示して注意を呼びかけている。相続が原因でどうしようもなかったという事情は、この罰則を免れる理由にはならない。世話をする余裕が本当にない場合でも、置き去りや遺棄という手段を選ぶ前に、自治体の窓口や動物愛護団体に相談するという手順を踏む必要がある。

遺産分割協議で「誰が飼うか」が決まらないとき

ペットの引き取り手をめぐって相続人同士の意見が割れることも珍しくない。実家で長年可愛がっていた次男は引き取りたいが、アレルギーや住宅事情で長男は難色を示す、といった構図だ。法律上ペットは分割可能な金銭とは異なる現物財産なので、遺産分割協議では現物分割(そのまま誰かが引き取る)か、引き取った相続人が他の相続人に代償金を払う代償分割かという整理で話し合うことになる。もっとも大半のペットは前述のとおり金銭的価値がほとんどないため、代償金が問題になることは稀で、実際には「世話ができる環境にあるか」という生活実態が決め手になりやすい。遺産分割協議がまとまらない場合と同様に、話し合いが長引けば長引くほど、その間ペットの世話を誰が続けるのかという実務的な問題が置き去りになる点には注意がいる。

生前にできる備え:負担付遺贈とペット信託

ペットを飼っている本人が元気なうちに備える方法としては、民法1002条の負担付遺贈がある。「ペットの世話をすること」を条件に、特定の人に財産を遺贈する仕組みで、受遺者は「遺贈の目的の価額を超えない限度においてのみ、負担した義務を履行する責任」を負うとされている。ただし負担の履行は遺贈の効力発生の条件ではないため、受遺者が財産だけ受け取って世話を怠るリスクは残る。この場合、他の相続人は民法1027条により「相当の期間を定めてその履行の催告」をし、期間内に履行がなければ「その負担付遺贈に係る遺言の取消しを家庭裁判所に請求する」ことができるが、取消しが認められてもペット自体が戻ってくるとは限らず、実効性には限界がある。

より確実に世話と財産を結びつけたい場合に選ばれるのが、民事信託の仕組みを使ったペット信託だ。財産を信頼できる受託者に託し、その財産からペットの飼育費用を定期的に支出してもらう契約を生前に結んでおく方法で、負担付遺贈のように受遺者の善意だけに頼らず、信託契約や信託監督人によって世話の履行を監視できる点が特徴とされる。生前整理として何から始めるかを考える段階で、財産やデジタル情報の整理と並んで、ペットの引き継ぎ先を決めておくことも選択肢に入れておきたい論点になる。

老犬ホームなど預け先を検討する場合に確認できること

身近に引き取り手が見つからない場合、老犬・老猫ホームやペットホテルといった有料の預かりサービスを利用する家庭もある。こうした施設で継続的に動物を預かる事業は、動物愛護管理法上の第一種動物取扱業のうち「保管」に該当し、事業所ごとに都道府県知事または政令指定都市の長への登録が義務づけられており、無登録で営業した場合は100万円以下の罰金に処せられる。登録済みの施設であれば契約書や案内資料に登録番号が記載されているのが通常で、料金だけを比べる前にその記載を見れば、無登録営業かどうかの見分けがつく。

血統書付きの動物や競走馬は評価の扱いが変わる

相続税の申告という観点では、通常のペットが税額に影響することはほとんどない。国税庁の財産評価基本通達128は「家庭用動産、農耕用動産、旅館用動産等で1個又は1組の価額が5万円以下のもの」について個別評価ではなく世帯単位で一括評価してよいとしており、一般的な犬や猫はこの枠組みに収まる。一方で、血統書付きの繁殖用動物や競走馬のように売買実例が明らかな動物は、同通達129が定める「売買実例価額、精通者意見価格等を参酌して評価する」という一般動産の原則評価の対象になり得る。ペットも高額な遺品と同じく、市場価値の有無によって相続税務上の扱いが分かれるという構造は変わらない。

相続の手続きは待ってくれても、餌を待つ動物の時間は待ってくれない。遺産分割の話し合いを始める前に、今日この瞬間の世話を誰が引き受けるかを決めることが、この種の遺品整理では最初の一歩になる。

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