遺品整理をしていると、桐箱に入った掛け軸や、金の指輪、腕時計など、それなりの値が付きそうな物が出てくることがある。「とりあえず買取に持ち込んで現金にしておこう」と誰かが言い出すこともあるだろう。だが遺産分割協議がまだ終わっていない段階でその場で売ってしまってよいのかは、法律上はかなり際どい判断になる。売った本人が、知らないうちに相続放棄をする権利を自分で失っていたということも起こり得る。
遺産分割前の遺品は「相続人全員の共有」
相続が始まると、被相続人の財産は遺産分割協議が終わるまでのあいだ、相続人全員の共有に属する。民法898条が定める「遺産共有」で、預金や不動産だけでなく、遺品として残された動産もこの共有関係に含まれる。仕分けや保管を相続人の一人が単独で進めること自体は問題にならないが、売却となると話は変わってくる。
共有物に関する民法の規定は、行為の性質によって扱いが三段階に分かれている。汚れを落とす、破損箇所を直すといった現状維持にとどまる「保存行為」は、各共有者が単独で行える。骨董品を鑑定に出す、賃貸に出すといった利用・改良の範囲にとどまる「管理行為」は、持分価格の過半数の同意があれば決められる(民法252条)。これに対し、物の形や価値そのものを変えてしまう「変更」、つまり売却や譲渡のような処分行為は、他の共有者全員の同意がなければできないと定められている(民法251条1項)。2023年4月施行の令和3年民法改正で、形状や効用を著しく変えない「軽微な変更」は過半数の同意でよいことになったが、遺品を売って手元から失くしてしまう行為はこの軽微な変更には当たらない。遺品を売るという判断は、原則として相続人全員の合意がなければできないと考えておいた方がよい。
売ってしまうと相続放棄ができなくなることがある
もう一つ見落とされがちなのが、相続放棄との関係だ。別記事で詳しく解説した通り、相続人が相続財産の全部または一部を処分すると、民法921条1号により、その時点で相続を単純承認したものとみなす「法定単純承認」が成立し、以後は相続放棄も限定承認もできなくなる。最高裁昭和42年4月27日判決は、相続人が相続の開始を知りながら相続財産を処分した場合にこの効果が生じるとしている(最高裁昭和42年4月27日判決)。
遺品を売って現金化する行為は、まさにこの「処分」にあたる。借金の状況がまだはっきりせず、相続放棄をするかどうか決めていない段階で、良かれと思って遺品を売ってしまうと、後から多額の債務が判明しても後戻りができなくなる。売却に同意していない他の相続人にはこの単純承認の効果は及ばないが、実際に売った本人は、その時点で自分の相続放棄の道を自ら閉ざすことになる。
すでに無断で売られてしまった場合はどうなるか
相続人の一人がすでに遺品を売ってしまっていた、というケースも珍しくない。この場合に手がかりになるのが、2019年の相続法改正で新設された民法906条の2だ。第1項は、遺産分割前に処分された財産について、共同相続人全員の同意があれば、その処分された財産をまだ遺産として存在するものとみなして分割協議ができると定める。第2項では、売却した本人の同意は不要とされており、他の相続人だけの合意でこの「みなし遺産」への組み入れができる(民法906条の2)。
これによって、売却代金相当額を遺産分割協議の中で調整できる。たとえば相続人が3人で、そのうち1人が本来の遺産に含まれるはずだった30万円相当の遺品を無断で売却していたとする。この30万円をいったん遺産に戻して分割協議をすれば、売却した相続人はすでにその分を受け取っているものとして扱われ、残る2人が公平になるよう配分し直せる。
ただし、みなし遺産への組み入れは遺産分割の手続きの中で解決する方法であり、当事者間で協議がまとまらない場合には使えない。その場合、持分を侵害された相続人は、売却した相続人に対して自分の相続分に応じた金額を、不当利得返還請求または不法行為に基づく損害賠償請求として民事訴訟で個別に求めるほかない(相続財産を無断で処分された場合の対応)。どちらの構成をとるかで時効の期間が変わる点にも注意がいる。不当利得返還請求は権利を行使できることを知った時から5年、行使できる時から10年のいずれか早い方で消滅する。不法行為構成の場合は、損害と加害者を知った時から3年、行為の時から20年のいずれか早い方だ(不当利得返還請求権の時効)。気づいてすぐに動けるなら不当利得構成の方が時効までの猶予が長く、選びやすいことが多い。
正式に売って分けるなら「換価分割」という方法
相続人全員が「売って現金化しよう」と合意しているなら、遺産分割の方法として「換価分割」を選ぶのが筋の通ったやり方になる。換価分割は、遺品や不動産などの遺産をいったん相続人全員(または代表者)の名義で売却し、その売却代金を相続分に応じて分ける方法をいう。これに対し、相続人の一人がいったん現物を取得し、他の相続人に代償金を支払う「代償分割」という選び方もある(代償分割と換価分割の違い)。
この二つは税務上の扱いが異なる。骨董品や貴金属、不動産などを売って利益が出れば譲渡所得税がかかるが、代償分割で現物を取得した相続人が後日ひとりで売却すると、その譲渡所得税は基本的にその人だけが負担することになる。相続税を納めた人が、相続税の申告期限から一定期間内に相続財産を譲渡した場合には、支払った相続税の一部を取得費に加算して譲渡所得を圧縮できる「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」(措置法39条)があるが、この特例が使えるのは相続開始日の翌日から相続税の申告期限(相続開始からおよそ10か月)の翌日以後3年を経過する日まで、実質的には相続開始からおよそ3年10か月以内に譲渡した場合に限られる(国税庁 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例)。換価分割であれば相続人それぞれが自分の持分についてこの特例の適用を受けられるが、代償分割では代償金を支払った側の取得費には加算されないなど、不利になりやすい場面がある。売ると決めたなら、先延ばしにしない方がいい。
換価分割を選ぶ場合は、後から「言った言わない」にならないよう、遺産分割協議書に「〇〇を売却し、その代金から諸費用を控除した残額を相続分に応じて分割する」といった趣旨を明記しておくと、税務署に対しても、他の相続人に対しても説明がしやすくなる。
売って利益が出たら、所得税はかかるのか
骨董品や貴金属を売って利益が出た場合、相続税や遺産分割の話とは別に、売った本人の所得税が問題になることもある。家具や衣類など、日常生活に通常必要な動産を売って得た所得は、所得税法上非課税とされている(所得税法9条1項9号)。ただし、貴金属や宝石、書画、骨とう、美術工芸品のうち、1個または1組の価額が30万円を超えるものはこの非課税の対象から除かれ、通常の譲渡所得として課税される(所得税法施行令25条)。判定は「1個または1組」単位で行うため、ペアの茶碗や一揃いの装身具などは合算して考える必要がある(国税庁 譲渡所得の対象となる資産と課税方法、生活用動産の非課税規定)。
つまり、遺品の指輪や置物が1点あたり30万円を超える価値で売れた場合、その利益(売却額から取得費や譲渡費用を差し引いた額)は譲渡所得として申告が必要になる可能性がある。遺品は取得時期や取得価格が分からないことが多いが、その場合は売却額の5パーセントを取得費とみなして計算する「概算取得費」の仕組みが使える(国税庁 取得費が分からないとき)。高額になりそうな遺品ほど、売る前に鑑定書や査定額の記録を残しておくと、申告のときに助けになる。
買取に持ち込むと、身分確認を求められる理由
実際に骨董品店やリサイクルショップ、貴金属の買取店に持ち込むと、運転免許証などの提示を求められる。これは店側の営業ルールというより、古物営業法第15条第1項に基づく古物商の法律上の義務だ(古物営業法第15条の本人確認義務、東京古物商防犯連盟の解説)。原則として1万円以上の取引では本人確認が必要とされており、盗品や横領品が市場に流れるのを防ぎ、後から出所をたどれるようにする目的がある。別記事で扱った「ネコババ」問題のように、遺品整理の現場で誰かが無断で持ち出した物が転売されるケースを想定した仕組みでもある。
身分確認は面倒に感じるかもしれないが、遺品であることをあらかじめ店側に伝えておくと、名義や来歴の説明がスムーズに進みやすい。逆に、相続人であることを明かさずに持ち込むと、後になって他の相続人から「あれは無断で売られたのではないか」と疑われたときに、経緯を示す記録が残っていないという状況になりかねない。高価な遺品が見つかったときにまず確認しておきたいことや、供養に出すか手元に残すかの判断材料も、売る前の段階で一度目を通しておくと判断がぶれにくい。
値が付きそうな遺品を見つけた高揚感より先に、遺産分割協議書に一文加えるひと手間の方が、あとから相続分に応じた損害賠償請求をするよりずっと簡単で、費用もかからない。

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