深夜、見知らぬ国番号からの着信で目が覚める。出張中だった夫が現地のホテルで倒れて亡くなった、と告げられる。パスポート番号も、現地の言葉で書かれた死亡証明書も、何がどこにあるのか分からないまま、まず大使館に電話すればいいのか、それとも現地の葬儀社を探すべきなのかさえ判断がつかない。大使館に頼めば遺体も遺品もすべて日本まで手配してもらえると考えがちだが、実際に担ってもらえる範囲はかなり限られている。
1. 死亡届の期限は「3か月」、国内死亡の7日以内とは違う
死亡届は戸籍法86条・87条にもとづく手続きで、法務省の案内によれば、提出期限は国内で死亡した場合が「死亡の事実を知った日から7日以内」であるのに対し、国外で死亡した場合は「その事実を知った日から3か月以内」と大幅に延びる。海外からの一報が届くまでの時間や、現地の書類をそろえるのにかかる時間を考慮した規定だ。届出義務者は親族、同居者、家主、地主、家屋管理人、土地管理人、後見人・保佐人・補助人などで、これは国内死亡と変わらない。提出先も1か所に限定されているわけではなく、死亡地・本籍地・届出人の所在地のいずれかの市区町村役場を選べる。つまり海外で家族が亡くなった場合でも、日本国内にいる遺族が自分の住む市区町村役場に直接死亡届を出すという進め方が可能になっている。
2. 在外公館への届出は、必ず通らなければならない窓口ではない
現地で死亡すると、まず在外公館(大使館・総領事館)に死亡届を出すものだと思い込みがちだが、実際にはそれは選べる経路のひとつにすぎない。在サンフランシスコ日本国総領事館の案内では、届出方法として予約制の窓口提出と郵送提出の2通りがあり、必要書類として死亡届書の原本2通、現地当局発行の死亡証明書の原本1通とコピー1通、その和訳文の原本1通とコピー1通、死亡者と届出人それぞれの旅券や滞在資格を示す書類が挙げられている。同総領事館は「日本国内での納骨をお急ぎの方は、直接日本の本籍地役場へ死亡届を届け出ることをお勧めします」としたうえで、在外公館経由の場合はおおむね1か月から2か月かかると案内している。死亡証明書と和訳文さえそろえば、在外公館を介さずに日本の本籍地役場へ直接郵送するほうが早く戸籍に反映されることがある、という実務上の選択肢がある。
なお、事故や遭難で連絡が取れなくなったまま、死亡そのものが確認できていない段階では、話がまた変わってくる。在外公館の案内では「行方不明」も援護区分のひとつとして扱われており、現地の捜索状況について家族への情報提供や現地当局との連絡調整が行われる一方、捜索そのものを在外公館が主体になって行うわけではない。日本国内の事故・災害で行方不明が長引いた場合と同じように、官公署の調査結果にもとづいて死亡が推定される「認定死亡」という制度が現地での事故にも及ぶことがあり、その考え方は認定死亡と災害弔慰金で扱った内容と共通する。死亡が確認されるまでは、実家の名義や口座、遺品を独断で動かしてよい段階ではない点も変わらない。
3. 大使館・総領事館は何をしてくれて、何をしてくれないのか
在カナダ日本国大使館の案内によれば、死亡事案が発生した場合、大使館は「御遺族に対し必要な援助を行うとともに、御遺族の意向に従って、御遺体を日本にお送りする手続きまたは適切な処置等について援助助言を行います」としている。在ロサンゼルス日本国総領事館の案内でも、遺体の身元確認の補助、死亡証明書の発給についての助言、火葬または日本への搬送に関する助言、家族への連絡支援(本人に代わっての対応も含む)、現地警察や保険会社への連絡の助言(連絡が取れない場合は代行することもある)が担う範囲として示されている。緊急時のパスポート発給支援も、このできることに含まれる。
一方で、できないことも同じページに明記されている。在カナダ大使館は「宿泊費、入院・治療費、航空切符代、その他の個人的費用を立て替えること、またはその支払いを保証することはできません」としており、葬儀の手配代行、民事トラブルへの対応、遺失物の捜索、弁護士や通訳の費用負担も対象外だ。在ロサンゼルス総領事館も、医療費・移送費の負担や支払保証・立替、犯罪の捜査や犯人の逮捕・取締り、相手側との賠償交渉、病院との交渉はいずれも管轄外としている。整理すると、在外公館の役割は助言と連絡調整に限られ、遺体の搬送や葬儀にかかる費用の支払い・手配そのものは、遺族、または遺族が依頼した現地の葬儀社・搬送業者が担うことになる。
4. 遺体は「現地で火葬」か「日本へ搬送」かを遺族が選ぶ
選択肢は大きく分けて2つある。現地で火葬をすませ、遺骨だけを持ち帰る方法と、遺体にエンバーミング(防腐処理)を施したうえで航空搬送する方法だ。国内の葬儀関連の業者サイトでは搬送費用の目安として数十万円から百万円を超える金額が示されることが多いが、これは公的な統計にもとづくものではなく、渡航先までの距離、エンバーミングの要否、現地の葬儀社の料金体系によって大きく変わる。搬送を選ぶ場合、多くの国では埋葬・火葬・遺体の国外搬出のそれぞれに現地当局の許可が必要で、現地の葬儀社か、日本語対応が可能な国際搬送専門の業者を通すのが実務上の前提になる。ここでも在外公館は業者そのものを手配するわけではなく、必要な書類の種類や現地制度についての一般的な助言にとどまる。
5. 現地に残された遺品は誰がどう扱うのか
滞在していたホテルの部屋、借りていたアパート、入院していた病院に残された所持品は、多くの場合、現地の警察やホテル・病院のスタッフがいったん保管し、目録を作成したうえで遺族、または遺族が依頼した代理人(現地の知人、駐在先の会社、葬儀社など)に引き渡される流れになる。このやり取りは現地の言葉と手続きにしたがって進むため、日本語だけでは意思疎通が難しい場面も出てくる。在外公館は現地警察や関係機関への連絡について助言はできても、遺品の捜索や引き取り交渉そのものを代行するわけではない。パスポートやクレジットカード、スマートフォンなど本人確認や以後の手続きに直結するものは、紛失や第三者による持ち出しを防ぐため、できるだけ早く信頼できる現地の連絡先に保管を依頼しておくと、後の手続きが滞りにくい。持ち帰った遺品のうち、通帳や実印、権利証といった相続手続きに関わる書類の扱いは、国内で亡くなった場合と変わらず、遺品整理で捨ててはいけないもので扱った考え方がそのまま当てはまる。
6. 相続手続きそのものは、日本法にしたがって進む
死亡した場所が海外であっても、日本国籍を持つ被相続人の相続に適用される法律(準拠法)は日本法のままだ。法の適用に関する通則法第36条は相続の準拠法を被相続人の本国法によると定めており、国税庁もこの条文を根拠に、外国人が死亡した場合は本国法にもとづいて相続人・相続分を計算すると説明している。裏を返せば、日本国籍の被相続人であれば、亡くなった場所がどこであっても日本の民法にしたがって相続人の範囲や相続分が決まるということになる。したがって、相続放棄・限定承認を検討できる期間である3か月や、相続税の申告期限である10か月も、国内で亡くなった場合とまったく同じ条件で動き出す。遺品整理をいつから始めるかで扱ったとおり、この期限の起算点は死亡日そのものではなく「自己のために相続の開始があったことを知った時」であるため、海外からの訃報が届くまでに時間がかかった分だけ、実際の起算日が後ろにずれることもある。ただし、現地の死亡証明書の和訳や戸籍への反映に時間がかかる分、書類が整うまでの空白期間は国内死亡のケースより長くなりやすい。この間に遺品を独断で処分したり売却したりすると、法定単純承認とみなされて相続放棄ができなくなるおそれがある点は、亡くなった場所にかかわらず変わらない。なお、今回のように亡くなった本人が海外にいたケースとは逆に、相続人の側が海外に住んでいる場合は、印鑑証明の代わりになるサイン証明・在留証明という別の論点が出てくる。この点は相続人の一人が海外に住んでいる場合の遺品整理で扱っている。
7. 万一に備えて、渡航前にできること
外務省海外安全ホームページは、海外での急な体調悪化や突然死の事例を紹介したうえで、「海外に渡航する際には、健康管理に十分気を付けるとともに、万一に備え、出発前には必ず海外旅行保険に加入しておきましょう」と呼びかけている。海外旅行保険には遺体・遺骨の搬送費用を補償する特約が付いているものがあり、この有無で遺族が実費で負担する金額は大きく変わってくる。あわせて、外務省が運営する「たびレジ」に渡航予定を登録しておくと、渡航先の安全情報が届くだけでなく、在外公館側が渡航者の所在を把握しやすくなる。長期出張や駐在が決まった家族がいる場合は、パスポートの写し、緊急連絡先、加入している保険の証券番号を家族と共有しておくことが、実際に何かが起きたときの初動を大きく左右する。大使館は道しるべにはなっても、遺体や遺品を運ぶ主体そのものにはなれない。その前提を先に知っているかどうかが、いざというときの対応の速さを分ける。

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