通帳を探すために遺品整理の手を止めて、故人が使っていたスマートフォンの画面に触れてみる。指紋も顔もすでに反応せず、画面には暗証番号の入力欄だけが表示され続ける。契約している銀行やキャッシュレス決済、家族の知らない資産や借入の手がかりが、この一台の中に眠っているかもしれない。相続財産としてスマホの所有権はすでに家族に移っているはずなのに、それを開ける鍵だけは、亡くなった本人しか知らないままになっている。
スマホの所有権は相続人に移っても、ロックを外す権利は別問題
民法896条は「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と定めている。スマートフォン本体は動産であり、この規定にしたがって所有権はすでに相続人に移っている。もっとも、所有権が家族に移ったからといって、画面ロックを解除する手段まで一緒に手に入るわけではない。弁護士が解説する記事によれば、スマートフォンやクラウドサービスは個人のプライバシー保護を前提に設計されており、相続人であっても、パスワードやアクセス権をサービス提供者側から簡単に得られる仕組みにはなっていない。銀行や通信会社、プラットフォーム事業者の多くは相続人であることを証明する戸籍謄本や遺産分割協議書の提出を求めたうえで手続きを進めるため、実際にアクセスできるようになるまで数か月かかることも珍しくないという(弁護士ドットコムニュース)。独立行政法人国民生活センターも、パスワードによるロックがかかっている場合、遺族がそのパスワードを知らなければ第三者による解除は非常に困難だと説明している(国民生活センター「今から考えておきたい『デジタル終活』」)。「相続財産だから当然に開けられるはず」という理屈は法律上の所有権の話であって、技術的にロックを外せるかどうかとは、そもそも次元の異なる問題になる。
携帯電話会社に相談しても、契約の手続きと画面ロックは別物
NTTドコモ・au・ソフトバンクといった携帯電話会社は、契約者が死亡した場合に「承継」(家族が契約を引き継ぐ)か「解約」かを選べる手続きを用意している。ただし、これらはあくまで携帯電話の利用契約に関する手続きであり、端末の画面ロック(パスコードや生体認証)を解除するサービスではない。契約の承継や解約の窓口で戸籍謄本等を提出しても、目の前の端末が開くようになるわけではないという点は混同しやすいところだ。キャリア各社の死亡時手続きの具体的な必要書類や、相続放棄との関係についてはデジタル遺品の整理に関する記事で詳しく扱っている。
「SIMロック解除」と「画面ロック解除」は別の話
検索していると「SIMロック解除は誰がするのか」という疑問にたどり着くことがあるが、これは画面ロックとは別の制度だ。総務省は事業者間の乗り換えを円滑にするため、端末を購入した携帯電話会社以外のSIMカードでも使えるようにする「SIMロック解除」に関するガイドラインを整備している(総務省「SIMロック解除に関するガイドライン」)。これは契約者本人からの申請にもとづき携帯電話会社が行う手続きで、他社の回線に乗り換えるための仕組みにすぎない。画面を開くたびに求められる暗証番号や指紋・顔認証とは仕組みも目的もまったく異なり、SIMロックを解除してもらったところで画面ロックが解けるわけではない。
警察は遺族のために解錠してくれる窓口ではない
「故人のスマホのロック解除は警察がしてくれるのか」という疑問も多いが、警察法2条は警察の責務を「個人の生命、身体及び財産の保護」「犯罪の予防、鎮圧及び捜査」「被疑者の逮捕」「交通の取締」など公共の安全と秩序の維持に限定しており、同条2項はこの責務の範囲を厳格に超えてはならないとも定めている(警察法2条)。孤独死や事故死など死因に事件性がないかを調べる必要がある場面では、捜査の一環として警察が端末を調べることはあり得るが、これは警察自身の判断で行う捜査行為であって、遺族から依頼を受けて相続手続きのために解錠してくれる公的サービスではない。窓口に相談しても、多くの場合は民間の専門業者への相談を勧められることになる。
Apple・Googleが用意する仕組みは、いずれも「生前の設定」が前提
Appleは「故人アカウント管理連絡先」という仕組みを提供しており、生前にこの連絡先を登録しておくと、本人の死後、指定された相手がApple IDに保存されたデータへのアクセスを申請できるようになる(Apple公式サポート)。ただし、この機能はiCloud上のデータへのアクセスを可能にするものであり、iPhone本体の画面ロックそのものを解除する機能ではない。しかもiCloudキーチェーン(パスワードの保管庫)を復号するための情報は、この連絡先には引き継がれない仕組みになっている。Googleにも同様の「アカウント無効化管理ツール」があり、一定期間ログインがない場合に指定した相手へデータへのアクセスを許可する設定を生前にしておける(Googleアカウントヘルプ)。生前に設定していなかった場合でも、Googleは家族や代理人からの申請を受け付ける窓口を用意しており、状況によっては故人のアカウントの閉鎖やデータの取得に応じるとしているが、審査には時間がかかり、パスワードそのものが開示されることはない(Googleアカウントヘルプ「故人のアカウントに関するリクエストを送信する」)。いずれの仕組みも、クラウド上のアカウントやデータの扱いに関するものであり、目の前で光っている端末の画面ロックを開けてくれるわけではないという点は変わらない。
写真や連絡先は、端末を開かなくても手に入ることがある
ある民間企業が2025年3月に実施した調査では、故人のスマホのロック解除を試みた理由として、連絡先の確認が22%、写真やデータの取り出しが21%、LINEなどのメッセージ内容の確認が17%を占めたという(INTERNET Watch)。ただし、これらの目的の一部は、端末そのものを開かなくても果たせる場合がある。iPhoneの写真がiCloudに自動でバックアップされる設定になっていれば、故人アカウント管理連絡先として承認された家族は、端末のロックを解除しなくてもiCloud経由で写真データへのアクセスを申請できる。Android端末でGoogleフォトへの自動バックアップが有効になっていた場合も同様に、前述のGoogleへの「故人のアカウントに関するリクエスト」を通じて、端末を介さずにデータを取得できる可能性がある。ロックを外すこと自体を目的化する前に、写真や連絡先がどこか別の場所にすでに保存されていないかを確認しておく価値はある。
専門業者に依頼した場合の仕組みと、成功率・費用の幅
自分では開けられない場合の選択肢として、スマートフォンのロック解除やデータ復旧を専門にうたう民間業者がある。業界を取材した記事によれば、こうした業者の多くは暗証番号を機械的に一つずつ試す「総当たり」方式を採用しており、1週間ほどで開くこともあれば、3年以上かかる端末や、いまだに解析を続けている端末もあるなど、かかる期間には大きな幅がある。比較的古い機種のほうが成功率は高く、連続して入力を誤ったことで端末が初期化されてしまった場合は、可能性はゼロではないものの難易度が大きく上がるという(INTERNET Watch)。費用も業者によって、作業が成功した場合にのみ数十万円を支払う成功報酬制のところもあれば、数万円程度の固定料金を掲げるところもあり、統一された相場は存在しない。なお、こうしたロック解除・データ復旧業者を対象にした公的な資格制度や許認可制度は今のところなく、業者ごとの技術力や実績を利用者自身が見極める必要がある点は、民間資格にとどまる「遺品整理士」の実態とも重なる。
むやみに番号を試すと、データごと消えてしまう設定がある
ロックを自分で外そうとする場合に注意したいのが、入力を繰り返すことそのもののリスクだ。iPhoneには「データを消去」という設定があり、有効になっていると、パスコードの入力を10回連続で間違えた時点で端末内のデータが自動的に消去される(appllio、INTERNET Watch)。相続財産を調べるための端末が、誤った番号を打ち込み続けたことでまっさらな状態に戻ってしまっては本末転倒だ。心当たりのある番号を数回試す程度にとどめ、それでも開かない場合はそれ以上の試行を控えたほうがよい。ある調査では、過去5年以内に親族を亡くし故人のスマホのロック解除を試みた遺族381人のうち76%が解除に成功したと回答しており、成功した方法としては故人が生前使っていたと思われるパスワードや暗証番号をそのまま試したケースが多く、誕生日など個人情報からの推測による成功率はそれよりも低かったという(INTERNET Watch)。あくまで一企業による調査ではあるが、生前にどのような番号を使う習慣があったかという情報が遺族の手元にどれだけ残っているかが、解除の分かれ目になりやすいことがうかがえる。
ロックを外したあとの操作が、相続放棄の判断に関わることもある
画面ロックを解除する行為そのものは遺品を処分したり売却したりする行為ではないため、直ちに法定単純承認にあたるわけではない。ただし、ロックを外して中身を確認した結果、証券口座や高額な資産の存在に気づいたにもかかわらず、他の相続人に断りなく現金化したり処分したりすれば、相続放棄ができなくなる法定単純承認にあたる可能性が出てくる。何が処分にあたり、何が単なる確認にとどまるのかという線引きは法定単純承認の記事で詳しく解説している。借金の有無がまだわからない段階では、ロックを外して中身を確認することと、その後の対応を急がないことを分けて考える必要がある。
解除を急ぐ前に、一度立ち止まる価値
スマホを開けたい理由の多くは、口座や契約を確認したいという実務上の必要から来ている。だが、番号を打ち込める回数にも、業者に依頼する予算にも限りがある以上、闇雲に試す前に、心当たりのある番号を家族内で出し尽くし、それでも駄目なら初期化のリスクを踏まえたうえで依頼するかどうかを判断する、という順番を守るしかない。

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