遺品整理で見つかった原稿や楽譜に著作権があったら?人格権とは違う「相続できる権利」の範囲と、相続人がいない場合の扱い

書斎の引き出しを片付けていたら、古びた原稿の束が出てきた。表紙には手書きで題名が書かれ、出版されたのかどうかも分からない。別の箱からは自作の楽譜や、「特許第〇〇号」と印字された古い登録証が見つかることもある。家具や衣類なら処分の判断で済むが、こうした「誰かが作ったもの」は、形がないのに財産としての価値を持つ場合がある。相続人はそれを承継できるのか、それとも故人とともに権利も消えるのか、判断の基準がまったく違う。

著作権には「人格」の部分と「財産」の部分がある

著作権は一つの権利のように見えて、実は性質の異なる二つの権利を含んでいる。一つは著作者人格権で、著作物に対する作者の人格的な利益を守る権利であり、公表権・氏名表示権・同一性保持権の三つからなる。もう一つは著作権(財産権)で、複製権や上演権・演奏権などの経済的な利益を守る権利の集まりだ。

この二つの扱いは相続の場面で大きく分かれる。著作者人格権は著作者本人の一身に専属する権利であり、著作権法59条により譲渡も相続もできない。作者が亡くなった時点でこの権利は消滅し、相続人がその中身を引き継ぐことはない。一方で著作権(財産権)は財産的な権利であるため、相続の対象になる。文化庁の著作権課が監修する著作権解説でも、「著作権(財産権)は、その一部又は全部を譲渡したり相続したりすることができる」と明記されており、分割して一部の権利だけを相続することも可能とされている(文化庁の著作権解説ページ)。つまり、遺品の中に未発表の原稿や楽譜が見つかっても、「どう扱われたいか」という作者の人格的な意思の部分は相続人の手を離れ、「誰がその使用料を受け取るか」という経済的な部分だけが相続財産として引き継がれる。

著作権はいつ消えるのか、死後何年守られるのか

著作権(財産権)は永久に続く権利ではない。著作権法51条2項は、著作権が著作者の死後70年を経過するまでの間存続すると定めている。共同で作った著作物の場合は、共著者のうち最後に死亡した人の死亡時から数えて70年とされ、一人だけが先に亡くなっても権利はすぐには切れない。期間の数え方自体も実務ではよく誤解される点で、著作権法57条が定める計算方法により、死亡した年の翌年の1月1日から数え始める(死亡した日からではない)。

この「死後70年」という期間は、もともと50年だった。平成30年(2018年)12月30日に施行されたTPP11整備法により、死後50年から70年に延長された。ただし延長は改正法施行日の前日である2018年12月29日の時点でまだ著作権が消滅していなかった著作物に限られ、すでに保護期間が切れていた著作物の保護がさかのぼって復活することはない(文化庁「環太平洋パートナーシップ協定の実施に伴う著作権法改正について」)。遺品の中から古い著作物が見つかった場合、保護期間が切れているかどうかは著作者が亡くなった年によって変わる。処分や利用の判断の前に、まず死亡年を確認する作業が最初に来る。

相続人が複数いると、一人の判断では使えなくなる

著作権を複数の相続人が共同で引き継ぐと、著作権法65条が定める「共有著作権」という特別な状態になる。これは通常の相続財産の共有(民法上の共有)よりも制約が強く、共有者の一人が自分の持分を第三者に譲渡したり、担保に入れたりするには、他の共有者全員の同意が必要になる。出版社や映像化を検討する会社から利用の申し出があった場合も、共有者全員の合意がなければ許諾できない。相続人の誰か一人が「使わせてあげたい」と思っても、他の相続人が反対すれば権利を動かせないという状態が生じうる。

この構造は、きょうだい間で意見が割れやすい家族信託や不動産の共有とよく似ている。遺品整理の段階で著作権の存在に気づいたら、誰が窓口になって利用許諾の判断をするのかを、早い段階で相続人間で話し合っておくことで、後の混乱を避けやすくなる。遺産分割協議書に著作権を明記し、特定の相続人に権利を集中させる形で分割することもできる。この場合の協議書の書き方の基本的な考え方は、遺産分割協議書の書き方で解説した内容と共通する部分が多い。

相続人が誰もいない場合、著作権は国のものになるわけではない

通常の相続財産は、相続人が一人もいなければ特別縁故者への分与などの手続きを経て、最終的に民法959条により国庫に帰属する。ところが著作権はこの原則から外れている。著作権法62条1項1号は、著作権者が死亡し、その著作権が本来なら民法959条により国庫に帰属すべきこととなる場合には、著作権は国庫に帰属するのではなく消滅すると定めている。消滅した著作権は誰のものでもなくなり、以後は誰でも自由に利用できる状態になる。

この違いは意外と知られていない。預貯金や不動産であれば相続人不存在の手続きを経て最終的に国の財産になるが、著作権は同じ経路をたどらない。弁護士が著作権相続を解説する複数の記事でも、この62条1項1号の規定が繰り返し指摘されている(弁護士法人Vベストの解説)。相続人が誰も見つからない故人の遺品に著作物があった場合、権利を主張する相手がいなくなるだけでなく、権利そのものが消えてしまう。これは他の財産にはない、知的財産権特有の扱いだ。

著作権は相続税の対象になる、評価は「印税収入」から逆算する

著作権(財産権)は相続税法上の相続財産に含まれる。国税庁の財産評価基本通達148条は、著作権の評価方法を「年平均印税収入の額×0.5×評価倍率」という式で定めている。年平均印税収入の額は、課税時期の属する年の前年以前3年間の印税収入の平均額を基に算出する。評価倍率は、課税時期以降に見込まれる印税収入の期間に対応する複利年金現価率をもとに、国税庁が公表する基準年利率を参照して決める(税理士法人チェスターの解説)。式の中の0.5という係数は斟酌率と呼ばれ、将来の印税収入の不確実性などを考慮した調整分とされている。

実務上重要なのは、未発表のまま印税収入がほとんどなかった著作物であれば、評価額が低くなる、あるいは実質ゼロに近くなる場合が多いという点だ。一方で生前に一定の印税収入があった著作物は、相続税の課税対象財産として申告漏れが起きやすい。相続税の申告が必要かどうかを判断する基準の全体像は、相続税の申告要否・基礎控除・期限で解説した内容が前提になる。著作権という財産の存在自体に気づかないまま申告してしまうと、後から印税の支払いが発覚した場合に修正申告が必要になることもある。

著作権だけを相続放棄することはできない

「著作権は価値も使い道も分からないので放棄したい」と考えても、著作権という個別の財産だけを選んで放棄する制度はない。相続放棄は民法上、相続財産全体を一つのまとまりとして受け継ぐか受け継がないかを選ぶ手続きであり、プラスの財産とマイナスの財産、そして著作権のような形のない財産も含めてすべてを放棄することになる。借金が見つかったわけでもない遺品の中に扱いづらい著作権があるからといって、それだけを理由に相続放棄を選ぶと、現金や不動産などほかの財産もすべて失う。この点は、遺品を独断で処分すると相続放棄ができなくなる仕組みを解説した法定単純承認の基礎知識とも関わってくる。著作物の原稿やデータを不要だと判断して破棄する行為自体は、通常の遺品の処分と同じ扱いになる。相続放棄を検討している間は、処分せずに保存しておく。

特許権や実用新案権が見つかった場合の届出

遺品の中から特許証や「特願」「特許」の番号が記載された書類が見つかることもある。特許権も著作権と同じく知的財産権の一種だが、相続の手続きはまったく異なる。特許権は相続のような一般承継の場合、権利の移転そのものは届出を待たずに生じるが、特許庁に対する名義変更の届出は必要になる。特許庁の公式案内によれば、相続による名義変更には戸籍謄本や、場合によっては遺産分割協議書の提出が必要とされ、法定相続情報証明制度の「法定相続情報一覧図の写し」を提出すれば戸籍謄本の代わりにできるとされている(特許庁「権利者等の名義変更手続」)。特許権の存続期間は原則として出願から20年であり、著作権の「死後70年」とは起算点も長さも異なる。

特許権は印税のような継続収入を生まない場合も多いが、企業からライセンス料を受け取っている特許であれば、著作権と同様に相続税の評価対象になる。評価の仕組みは著作権とは別の通達に基づくため、著作権の評価方法をそのまま特許権に当てはめることはできない。

出版社や音楽の権利管理団体への連絡を忘れると起こること

著作権を相続したこと自体は、役所への届出がなくても法律上は相続開始の時点で生じる。ただし、実際に印税や使用料を受け取るためには、支払い先である出版社や、音楽の場合は著作権を管理する団体に対して、相続人が誰であるかを連絡する作業が欠かせない。連絡を怠ると、支払い先の情報が故人のままになり、振込が止まったり、支払い先不明のまま処理が保留されたりすることがある。また、法定相続分を超えて著作権を相続した相続人が、その取り分を第三者に主張するためには著作権の移転登録が必要になるという指摘もあり、相続人の間で取り分を調整した場合は、登録の有無が後のトラブルを左右することがある(小林利明弁護士(骨董・美術品・知的財産専門)のコラム)。原稿や楽譜が無名のまま遺品の中に埋もれているように見えても、どこかで出版や録音の契約が生きている可能性がある以上、処分の前に権利関係を確認する価値はある。

著作権や特許権のように売却先を見つけにくい財産は、相続税を現金で用意できない場合の物納対象としても扱いにくい。その分の納税資金は、著作権以外の財産から現金で用意することになる。

原稿の束や古い登録証を「価値が分からないから」と処分してしまえば、権利そのものも一緒に失われるわけではないが、相続人がその後の利用や収入を把握する手段を自ら断つことになる。まずは誰が書いたもので、いつ亡くなったのかを確認し、他の相続人と共有する前提で保管しておくことが、最初に取るべき行動になる。

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