遺品整理の途中、仏壇の引き出しや書類の束の中から、消費者金融やカード会社のハガキ、「ご返済のお願い」と印字された督促状が出てきた。手に取った瞬間、遺族は言葉を失うが、その1枚だけでは故人の借金の全体像は分からない。相続放棄をするかどうかを決められる期間は原則3か月しかなく、調べる手段を知らないまま時間だけが過ぎていくと、選択肢そのものを失ってしまう。
1. 督促状を見つけても、まず「調査」から始めてよい
民法915条1項は、相続人が相続の開始を知った時から3か月以内に、単純承認・限定承認・相続放棄のいずれかを選ばなければならないと定める。この期間内に何も選ばなければ、単純承認したものとみなされる(民法921条2号)。督促状を読んで驚くと、多くの人はとにかく早く払ってしまいたくなるが、同じ915条の2項は「相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる」と明記している。見つけた書類を読み、保管し、発行元を確認する行為自体は相続財産を「処分」したことにはならず、むしろ法律が認めている手順そのものである。遺品を独断で処分すると相続放棄ができなくなる仕組みについては、法定単純承認についての解説で詳しく扱っている。何から手をつけるか迷っている段階なら、相続放棄・相続税の期限との関係も合わせて確認しておきたい。
2. 信用情報機関を使うと、何が分かり何が分からないか
故人の借金を体系的に調べる方法として最も確実なのが、個人信用情報機関への開示請求である。日本には役割の異なる3つの機関があり、カード会社や消費者金融、銀行は、契約内容や支払い状況をそれぞれ加盟する機関に登録している。CIC(株式会社シー・アイ・シー)はクレジットカード会社や信販会社の契約情報、JICC(日本信用情報機構)は消費者金融や一部の事業者ローンの情報、全国銀行個人信用情報センター(KSCと呼ばれる、一般社団法人全国銀行協会が運営)は銀行や信用金庫の融資情報を主に扱う。督促状の発行元が分かっていても、その1社に照会するだけでは他に借入がないかまでは分からないため、3機関すべてに開示請求を出すことで初めて借入の全体像に近づける。ただし、これらの機関に登録されるのは金融機関からの借入が中心で、友人や親族との個人間の借金、一部の連帯保証契約などは対象外になっている場合がある。開示結果に何も出てこなかったとしても、それだけで「借金はゼロ」と判断するのは早計である。
3. CICへの開示請求 — 必要書類と手数料
CICの死亡した方の情報を郵送で開示する手続きは、法定相続人のみが申し込める。専用の「信用情報開示申込書(法定相続人用)」をCICのサイトからダウンロードするか、コンビニのマルチコピー機(セブン-イレブンなら予約番号CIC00004、ファミリーマート・ローソン・ミニストップならユーザー番号CIC0000004)で出力して使う。必要書類は、申込者本人の確認書類として住民票の写し・印鑑登録証明書・戸籍の附票のいずれか1点(発行から3か月以内の原本)と、運転免許証やマイナンバーカードなどのコピー1点。これに加えて、法定相続人であることを示す書類(法務局発行の法定相続情報一覧図、または戸籍謄抄本一式と相続関係説明図)、死亡を確認できる書類(除籍が分かる戸籍謄抄本または死亡診断書のコピー)が必要になる。1通の戸籍で死亡と続柄の両方が確認できる場合は、それ1通で足りる。手数料は、コンビニで購入する開示利用券(本人限定受取郵便用)なら1,650円、ゆうちょ銀行の定額小為替なら1,500円(発行手数料は別途必要)で支払う。送付先は東京都新宿区の「(株)シー・アイ・シー 郵送開示センター」で、法定相続情報一覧図を添えた場合は到着まで約10日、戸籍など複数の書類を送った場合は約20日が目安とされている。
4. JICCへの開示請求 — 必要書類と手数料
JICCの場合、開示請求ができるのは「法定相続人または2親等以内の血族(法定相続人等)」で、二親等以内の血族・法定相続人等による開示請求の案内に手続きがまとめられている。郵送のみの受付で、JICCのサイトで信用情報開示申込書を作成しQRコード付きのPDFを印刷したうえで、本人確認書類2点(現住所が分かる発行3か月以内の原本1点、氏名・生年月日が確認できる証明書のコピー1点)、法定相続人等であることが分かる書類、死亡が確認できる書類を同封する。法務局発行の法定相続情報一覧図の原本があれば、これらの戸籍類は原則不要になる。手数料は2,177円で、コンビニのマルチコピー機やLoppiで「郵送開示利用券」を購入して申込書に添える(商品番号0267188、速達の場合は2,511円)。送付先は東京都港区の「株式会社日本信用情報機構 開示窓口」で、開示結果は申込者の現住所宛に本人限定受取郵便(特例型・転送不要)で届き、到着まで7〜10日程度とされている。
5. 全国銀行個人信用情報センター(KSC)への開示請求 — 必要書類と手数料
銀行や信用金庫からの融資を調べるには、全国銀行協会が運営する全国銀行個人信用情報センターへの開示請求が必要になる。死亡した方の情報を法定相続人が郵送で開示請求する手続きによると、「登録情報開示申込書(法定相続人用)」に、本人確認書類2点、死亡を証する書類(戸籍謄本・住民票除票・死亡診断書の写しなど)、続柄を証する戸籍謄本を添えて郵送する。法務局発行の法定相続情報一覧図の写し(発行から6か月以内で、開示請求者の住所が記載されたもの)があれば、死亡と続柄を証する戸籍類は原則不要になる。第三順位の相続人(故人の兄弟姉妹など)にあたる場合は、相続関係説明図も追加で求められる。手数料は、コンビニで購入する「本人開示・申告手続利用券」の2,060円と発券手数料343円を合わせた2,403円。ゆうちょ銀行の定額小為替は使えない点に注意したい。送付先は東京都千代田区丸の内の全国銀行個人信用情報センターで、開示報告書は本人限定受取郵便(特例型)で届く仕組みになっており、センターでの作成・発送までの目安は1週間から10日ほどとされている。なお、全国銀行協会のよくある質問では、開示請求ができる法定相続人の範囲について、第一順位は配偶者と子、第二順位は父母・祖父母、第三順位は兄弟姉妹と説明されており、上位順位の相続人が相続放棄や死亡によって順位が変わった場合は、その事実を証する資料の追加提出が求められる。
6. 法定相続情報一覧図があると、3機関とも手続きが簡単になる
3機関の案内を見比べると、共通しているのが「法定相続情報一覧図」の存在で手続きが大きく簡略化される点である。この一覧図は法務局が交付する、相続関係を1枚の図にまとめた証明書で、本来は銀行の相続手続きや相続税の申告などで戸籍謄本の束を何度も提出する手間を減らすための制度だが、信用情報機関への開示請求でも同じ効果を発揮する。すでに銀行口座の相続手続きなどで一覧図を取得している場合は、その写しを使い回せる。制度の仕組みや法務局での取得方法は法定相続情報証明制度の解説にまとめているので、まだ取得していない場合は先にこちらを確認しておくと、3機関への開示請求もまとめて進めやすくなる。
7. 信用情報だけでは見えない借金もある
3機関すべてに開示請求を出しても、それで故人の債務関係が完全に判明するわけではない。個人間での借用、まだ信用情報機関への登録に至っていない新しい契約、賃貸の未払い家賃や個人事業の取引先への未払いなどは、この制度の対象外になる。郵便物をひとつずつ確認し、通帳の取引履歴で見覚えのない定期的な引き落としがないかをたどる作業は、信用情報の開示と並行して欠かせない。通帳が見つからない、どの銀行に口座があるか分からないという場合は、預金口座の探し方で、口座照会の制度と合わせて確認できる。督促状の消印の日付や、カード会社の名称が複数の郵便物で一致しているかどうかも、調査の手がかりになる。
8. 開示結果が3か月以内に揃わないときは、期間の伸長を申し立てる
郵送での開示請求には、どの機関でも1週間から3週間程度かかる。督促状を見つけた時点で相続開始からすでに時間が経っていたり、複数の相続人の間で誰がいつ相続開始を知ったかがずれていたりすると、開示結果が揃う前に3か月の熟慮期間が終わってしまう可能性がある。この場合に使えるのが、家庭裁判所に対する「相続の承認又は放棄の期間の伸長」の申立てである。裁判所の案内によれば、申立てができるのは利害関係人(相続人を含む)または検察官で、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に、相続の開始を知った時から3か月以内に申し立てる必要がある。費用は相続人1人につき収入印紙800円分と連絡用の郵便切手で、申立書のほかに被相続人の住民票除票や戸籍附票、申立人との関係を示す戸籍謄本などを添える。開示請求を出した事実や、調査にまだ時間を要する事情は、伸長が認められる判断材料になる。開示結果が揃い、借金の存在と総額がはっきりしてから、限定承認にするか相続放棄にするかを決めれば遅くない。限定承認の仕組みと、相続放棄との違いはこちらの解説で扱っている。
9. 調査中に請求書を払ってしまうと、相続放棄ができなくなる場合がある
督促状の金額がそれほど大きくないと、相続人のだれかが自分の財布から立て替えて払ってしまうことがある。しかし、相続財産を使って故人の債務を弁済する行為は、民法921条1号が定める「相続財産の全部又は一部を処分したとき」に当たると判断される可能性があり、その後になって他に大きな借金が見つかっても相続放棄や限定承認ができなくなるおそれがある。保存行為(財産の現状を維持するだけの行為)は処分に当たらないとされているが、債務の弁済はこの線引きの境界に位置する行為として扱われることが多い。督促状が来たからといってその場で支払う前に、信用情報機関への開示請求を含めた調査を終え、全体像を把握してから対応する方が、選択肢を残すうえでは確実である。
10. 借金が見つかっても、時効が成立していることがある
開示請求の結果、何年も前の借入が出てくることもある。債権には消滅時効があり、民法166条1項は「債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき」または「権利を行使することができる時から10年間行使しないとき」に時効によって消滅すると定めている。相続人は故人の法律上の地位をそのまま引き継ぐため、故人が持っていたはずの時効を主張する権利(時効の援用)も相続人が行使できる。ただし、債権者が途中で督促や裁判上の請求、差押えなどをしていると、時効の進行がリセットされている場合があり、開示報告書に記載された最終の取引日だけで時効の成否を自分で判断するのは危険である。督促状や開示報告書に記載された日付、取引履行状況を整理したうえで、実際に時効を援用できるかどうかは弁護士や司法書士に確認するのが確実な進め方になる。
督促状を手にした瞬間に答えを出す必要はない。まずCIC、JICC、全国銀行個人信用情報センターへの3通の開示請求書を書くことから、相続放棄か限定承認かの判断は始まる。

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