遺言代用信託とは?遺産分割協議を待たずに財産を受け取れる仕組みと、「遺言信託」との違いを解説

父が亡くなって数日後、信託銀行の担当者から「ご契約の内容に基づき、葬儀費用として、すでにお母様の口座にお振り込みを済ませております」と告げられた家族がいる。遺産分割協議はまだ始まっていないし、相続人全員で話し合って決めたわけでもない。それなのに、なぜ一部の財産だけがこんなに早く、特定の人の手元に渡ったのか。その答えは、遺言とも、普通の銀行口座とも違う「遺言代用信託」という仕組みにある。

遺言代用信託とは何か─信託法90条が定める二つの型

遺言代用信託は、本人(委託者)が信託銀行などの受託者と信託契約を結び、生存中は自分自身が受益者として財産を使いながら、死亡後は契約であらかじめ指定した家族などが新たな受益者となって財産を受け取る仕組みである。遺言のように「死後に財産を渡す」効果を持つ契約でありながら、法的な根拠は信託法にあり、遺言とは別の制度として位置づけられる。

信託法90条1項は、この仕組みを二つの型に分けて定めている。1号は委託者の死亡時に指定された者が受益権そのものを取得する型、2号は委託者の死亡時以後に受益者が信託財産に関する給付を受ける型である。2号の型については、同条2項により、別段の定めがない限り委託者が死亡するまで受益者としての権利を有しないと定められている(行政書士事務所による解説)。1号の型も、受益権の取得自体が委託者の死亡という時点に結び付けられているため、結論は同じになる。つまり本人の生存中は、本人以外の誰かが財産に手を出せる余地はない。

なぜ遺産分割協議の前にお金が動くのか

通常、故人名義の預金は、相続人全員の同意を取り付けるか、遺産分割の審判を経るまで、銀行の窓口で自由に引き出せない。葬儀費用や当面の生活費が必要でも、戸籍謄本一式をそろえて相続人全員の署名を集める作業に数週間から数か月かかることもある。この不便さを緩和するために2019年7月から始まったのが、一金融機関あたり150万円を上限とする預貯金の仮払い制度である(遺産分割前の「仮払い制度」の使い方)。

遺言代用信託は、この問題への向き合い方が根本的に異なる。信託契約を結んだ時点で、預けた金銭はすでに故人個人の財産ではなく、受託者である信託銀行が管理する信託財産になっている。信託協会の解説によれば、死後の給付は遺産分割協議を待つ必要がなく、契約で定めた内容にしたがって受託者が指定の口座へ振り込む。仮払い制度のように上限額や申請の手間を考える必要がなく、契約した金額をそのまま受け取れる点が、資産凍結への対策として選ばれる理由になっている。

「遺言信託」という似た名前の商品とは別物

遺言代用信託を調べていると、「遺言信託」という似た名前の商品に行き当たることが多い。この二つは名前こそ似ているが、法的な性質がまったく異なる。当サイトで以前取り上げた信託銀行の「遺言信託」は、信託銀行が遺言書の作成相談、保管、そして死後の遺言執行までを代行するサービスの通称であり、法律上の「信託」そのものではない。これに対して遺言代用信託は、信託法に基づく信託契約であり、信託銀行が受託者として財産そのものを預かり、契約に従って管理・給付を行う。前者は遺言の作成と実現を助ける「サービス」、後者は財産そのものを信託に移す「契約」という違いがある。両方の商品名を同時に案内する銀行もあり、相続人が遺品の中から契約書を見つけたときに混同しやすい部分でもある。

家族信託・死因贈与とはどこが違うのか

財産を死後に引き継がせる方法としては、家族信託や死因贈与もよく比較される。家族信託は、受託者を家族など身近な人に設定し、認知症などで本人の判断能力が低下した後の財産管理まで含めて自由に設計できる点が特徴で、遺言代用の機能を持たせることも可能だが、契約内容は依頼者ごとに個別に組み立てる必要がある。死因贈与は、贈与者と受贈者の間で結ぶ契約であり、本人の死亡を条件として効力が生じる点は似ているが、財産を信託銀行などの第三者が管理する仕組みではなく、通常の贈与契約に近い。遺言代用信託は、この中間に位置する。信託銀行に財産の管理そのものを委ねながら、遺言のように死後の受取人や給付の時期・方法を細かく指定できる、という組み合わせが特徴になる。

どのような場面で使われているのか

信託協会の説明では、葬儀費用など死後すぐに必要になる資金を、指定した家族が速やかに受け取れるように設計する使い方が典型例として挙げられている。ほかにも、未成年の家族がいる場合に、まとめて渡すのではなく年金のように定期的な給付にする設計や、中小企業のオーナーが自社株を後継者へ円滑に引き継がせる手段として活用する例も紹介されている。受取人の範囲に法令上の制限はないが、多くの銀行は相続人や近しい親族に限定しており、受け取れる人の範囲は商品ごとに確認が必要になる。

相続税はどうなるか─「相続税が安くなる制度」ではない

遺言代用信託を使うと相続税の課税自体から外れる、と誤解されることがあるが、そうではない。委託者の死亡によって対価を支払わずに受益権を取得した者は、相続税法9条の2の規定により、信託に関する権利を遺贈によって取得したものとみなされ、相続税の課税対象になる(国税庁の解説)。信託協会も、遺言代用信託を利用しても相続税額そのものは変わらないとはっきり説明しており、この制度のメリットは納税額を減らすことではなく、必要な資金を速やかに受け取れることにある。信託財産を含めた遺産全体が相続税の課税対象になるかどうかは、基礎控除額や他の財産の状況によって決まるため、相続税の申告要否・基礎控除・期限や相続税の計算方法・速算表も合わせて確認しておきたい。

遺留分を避けるための仕組みにはならない

遺言代用信託を使えば、遺留分を気にせず特定の家族にまとめて財産を渡せると考える人もいるが、信託だからといって遺留分制度の外に出られるわけではない。信託と遺留分の関係については、信託を遺贈や死因贈与に準じるものとみて遺留分侵害額請求の対象になるとする見解が実務・学説の大勢であり、信託を使ったからというだけで他の相続人の遺留分を奪えるわけではないという理解が前提になっている。

この点を考えるうえで参考になるのが、複数の受益者を段階的に設定する「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」(信託法91条)に関する東京地裁平成30年9月12日判決である。この事案では、賃料などの経済的利益を生まない自宅等の不動産まで信託財産に含め、遺留分に相当する割合の受益権だけを他の相続人に形式的に与える設計がされていた。判決は、収益を生まない不動産の部分については、遺留分制度を潜脱する目的で信託を利用したものとして、民法90条の公序良俗に反し無効と判断した(日税ジャーナルオンラインの解説、司法書士事務所による解説)。この判決は控訴審で和解が成立しており、確定判決として先例になったわけではないが、信託を遺留分逃れの手段として使った場合には無効と判断されるリスクがあることを示した事例として受け止められている。遺言代用信託自体は受益者を一人または複数に死亡時点で指定する単純な型であり、この事案のように受益者を何代にもわたって連続させる設計とは異なるが、遺留分を侵害する内容であれば同じ理屈が及ぶ可能性がある以上、信託金額の設計は遺留分を踏まえて行う必要がある。

生きている間に内容を変更・撤回できるか

契約したあとで、受取人や金額を変えたくなることもある。信託の変更は信託法149条が定める手続きによるが、同条4項は、信託行為(契約書)に別段の定めがある場合はその定めを優先するとしている。実務上は、委託者が生きている間は単独で信託の内容を変更・解約できる旨をあらかじめ契約に盛り込んでおく設計が一般的とされるが、これは法律上当然に認められる権利ではなく、契約で定めておくかどうかにかかっている。「生前ならいつでも自由に変えられる」と思い込むのではなく、変更・解約の手続きが契約書のどの条項に書かれているかを確かめておく必要がある。

手数料と元本保証─契約前に確認したいこと

信託協会の説明では、信託の設定時や管理期間中の事務手数料、運用報酬がかかるのが一般的だが、遺言代用信託については多くの銀行が管理手数料を無料にするなど低コストに抑えている。ただし手数料の有無や金額は銀行ごとに異なるため、契約前に個別の確認が欠かせない。また、多くの銀行が元本保証型の商品を扱っており、この場合は預金保険の対象となるため、1,000万円までの元本とその利息が保護される。元本保証でない商品や、保護の対象外になる条件が設定されている商品もあり、どちらの型かは契約書の記載から見分けられる。

遺言代用信託は、相続手続きの外側にお金を置いておくことで、死後すぐに必要な資金を迅速に渡せる仕組みであり、相続税や遺留分という相続の基本ルールそのものを回避する手段ではない。契約書や信託銀行からの案内が遺品の中から出てきたときは、まずそれが「遺言信託」ではなく信託法上の信託契約であることを確認し、受取人や給付の条件を信託銀行に照会することから始めたい。

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