仏壇の引き出しを片付けていたら、白い封筒に「遺言書」と筆で書かれたものが出てきた。遺品整理の現場では、こうした瞬間が珍しくない。封がされたままのそれをその場で開けてよいものか、指先が止まる。中身をすぐ確認したい気持ちと、勝手に開けたら後の相続手続きがどうなるか分からないという不安がせめぎ合う場面である。
1. 遺言書らしきものが出てきたら、まず種類を見分ける
遺言書には主に三つの方式がある。本人が手書きで作成した「自筆証書遺言」、公証役場で公証人が作成する「公正証書遺言」、そして内容を秘密にしたまま存在だけを公証人に証明してもらう「秘密証書遺言」である。遺品整理の現場でタンスや仏壇、金庫の中から見つかるのはほとんどが自筆証書遺言で、封筒に入って封印されていることが多い。
公正証書遺言かどうかは、封筒の表書きや、同封されている書類で見分けがつく。公証役場で作成した場合、原本は公証役場に保管されており、自宅にあるのはその写し(正本・謄本)である。表紙に公証人の押印や「正本」「謄本」の文字がある、あるいは分厚く製本された体裁になっているのが一般的な特徴である。
1-1. 封筒に入った遺言書は、その場で開けてよいのか
結論から言えば、封印されている自筆証書遺言・秘密証書遺言は、家庭裁判所での「検認」という手続きを経るまで開けてはいけない。民法1004条3項は「封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができない」と定めている。これは遺言書の偽造・変造を防ぎ、発見時の状態をそのまま記録に残すための手続きであり、勝手に開けてしまうと、その後の手続きに支障が出るおそれがある。
一方で、公正証書遺言と、後述する法務局の保管制度を利用した自筆証書遺言は、この検認が不要とされている。民法1004条2項が公正証書遺言を検認の対象から明確に除外しているためで、こちらは見つけた時点で中身を確認して差し支えない。
2. 検認とは何のための手続きか
検認は、遺言書の「有効・無効」を判断する手続きではない。家庭裁判所が相続人の立ち会いのもとで遺言書を開封し、日付・署名・訂正の状態など、その時点での遺言書の内容と形状を記録として保存する手続きにすぎない。内容に不備があって法的に無効な遺言であっても、検認自体は行われる。この点は複数の専門家サイトが共通して指摘しており、検認は「有効・無効を判断する手続ではない」とされている。
したがって、検認を受けたからといって、後になって遺言の内容自体が別の相続人から争われる可能性がなくなるわけではない。検認は「遺言書という物」の状態を保存するための手続きであり、「遺言の中身」を保証するものではないと理解しておくと、この先の話が整理しやすくなる。
2-1. 検認をしない、勝手に開封するとどうなるか
検認を経ずに遺言を執行したり、家庭裁判所の外で開封したりした場合、民法1005条により5万円以下の過料が科される可能性がある。条文は「前条の規定により遺言書を提出することを怠り、その検認を経ないで遺言を執行し、又は家庭裁判所外においてその開封をした者は、五万円以下の過料に処する」と定めている。行政上の秩序罰であり刑事罰ではなく、うっかり開けてしまったことを理由に遺言そのものが無効になるわけでもない。実際に開封してしまった場合は、その場で内容を書き写したり写真を撮ったりせず、そのまま保管して家庭裁判所に検認を申し立てるのが実務上の対応になる。
なお、遺品整理を独断で進めて相続財産の一部を処分してしまうと、相続放棄や限定承認ができなくなる「法定単純承認」という別の問題が生じる。遺言書の開封と法定単純承認は根拠となる条文が異なるが、どちらも「見つけたものを勝手に扱わない」という点で共通しており、判断に迷ったときの基本姿勢は同じである。この点は遺品を勝手に処分すると相続放棄ができなくなる?「法定単純承認」をわかりやすく解説で詳しく扱っている。
3. 検認の申立て手続きと、法務局保管制度という例外
検認は、遺言書の保管者、または保管者がいない場合は遺言書を発見した相続人が申立人となり、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てる。必要書類は遺言者の出生から死亡までの戸籍謄本一式、相続人全員の戸籍謄本など、相続関係を証明するための書類が中心になる。申立てにかかる費用は遺言書1通につき収入印紙800円分に加え、相続人への連絡用の郵便切手(人数や申立て先の家庭裁判所によって金額が変わる)が必要になる。名古屋家庭裁判所が公開している申立ての案内でも、収入印紙800円分という費用が明記されている。申立てから検認期日までは1か月前後かかることが多く、期日には申立人のほか、家庭裁判所から通知を受けた相続人が出席できる(欠席しても手続きは進む)。検認が終わると、相続登記や預貯金の解約に必要となる「検認済証明書」が発行され、この証明書の交付申請には遺言書1通につき150円分の収入印紙が別途かかる。
この手続きを丸ごと不要にする制度が、2020年7月10日に始まった法務局の自筆証書遺言書保管制度である。遺言者が生前に自筆証書遺言を法務局(遺言書保管所)に預けておくと、相続開始後に相続人が法務局へ「遺言書情報証明書」の交付を請求するだけで足り、家庭裁判所での検認は不要になる。東京法務局は「相続開始後、家庭裁判所における検認が不要」になる点を制度のメリットとして明示している。ただし、保管の申請時に法務局の遺言書保管官が確認するのは、日付や署名など民法が定める自筆証書遺言の形式に適合しているかという外形的な点にとどまる。財産の特定方法や文言の解釈といった内容面の有効性までは保証されないため、法務局に預けてあったからといって、遺言の中身に争いが起きないとは限らない。遺品整理の現場で紙の遺言書そのものが見当たらなくても、法務局に保管されている可能性は残る。通帳やエンディングノート、年賀状のやり取りに紛れて「遺言書 法務局」といったメモが残っていることもある。
4. 遺言書の有無で、遺品整理と相続の進め方はどう変わるか
ここまでは遺言書そのものの扱い方だったが、遺品整理の実務に直接影響するのは、遺言書が「見つかるかどうか」でその後の進め方が大きく変わるという点である。
4-1. 遺言書がある場合
有効な遺言書があり、かつ検認(必要な場合)を終えていれば、遺産は原則としてその内容に従って分けられる。遺言書に「遺言執行者」の指定があれば、その人が預貯金の解約や不動産の名義変更など、遺言の内容を実現するための手続きを単独で進める権限を持つ。相続人が良かれと思って遺品を処分したり、財産を動かしたりしても、遺言執行者の職務を妨げる行為は法律上認められないため、遺言書が見つかった時点で、遺品や財産に関わる作業はいったん止めて内容を確認するのが安全である。
遺言執行者がいる場合、遺言書の細かな執行方法や、相続人が普段の片付けとどこまで並行して進めてよいかという線引きは、仕分けの手順そのものを扱った別記事で具体的に触れている。遺品整理は何から手をつける?仕分けの順番と、独断で進めると起こる法的トラブルもあわせて確認しておきたい。
4-2. 遺言書がない場合
遺言書が見つからない場合は、法定相続人全員による「遺産分割協議」で分け方を決めることになる。民法900条は、相続人の組み合わせごとに法定相続分を定めており、配偶者と子が相続人であれば各2分の1、配偶者と直系尊属(親など)であれば配偶者3分の2・直系尊属3分の1、配偶者と兄弟姉妹であれば配偶者4分の3・兄弟姉妹4分の1が目安になる。条文の定める割合はあくまで話し合いがまとまらなかった場合の基準であり、相続人全員が合意すれば、この割合と異なる分け方をすることも自由にできる。遺言がない分、財産の全体像を相続人同士で共有し、合意を取り付けるまでの手間が大きくなる点が、遺言がある場合との実務上の違いになる。
4-3. 遺言執行者から相続人への通知義務
遺言執行者が選任されている場合、就任後は「遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない」と民法1007条2項に定められている。2019年7月1日施行の相続法改正で新設された規定で、遺言執行者は遺言書の写しを添えるなどして、遺言の内容そのものを相続人に知らせる義務を負う。改正前はこの通知義務がなく、財産を受け取れない相続人が事情を知らされないまま置き去りにされるケースがあった。裏を返せば、遺言執行者から正式な通知が来る前に、遺族の記憶や噂だけで遺言の内容を決めつけて遺品整理を進めてしまうと、後で食い違いが出たときに関係がこじれやすい。通知を待つ、あるいは執行者に直接確認するという一手間が、無用なトラブルを避ける。
5. 遺言と異なる分け方をすることはできるか
遺言書の内容に納得がいかない、あるいは遺品の実情に合わないという理由で、相続人の間で遺言と異なる遺産分割をしたいという話が出ることもある。これは一定の条件のもとで可能とされている。まず相続人全員の合意が前提になる。遺言によって相続人以外の第三者に財産を渡す「遺贈」が定められている場合は、その受遺者の合意も必要で、受遺者が反対すれば相続人だけの合意では遺言と異なる分割はできない。受遺者も遺言書の内容と異なる遺産分割協議をすることに合意している必要があるとされている。
遺言執行者がいる場合は、原則としてその同意も必要になる。相続人全員が合意していても、遺言執行者の職務そのものが法律上免除されるわけではないためで、遺言執行者がいる場合は原則としてその同意が必要とされる一方、特定の財産を特定の相続人に「相続させる」内容で遺言執行の余地がない場合は例外的に扱われる可能性があるという整理がされている。加えて、遺言に遺産分割を禁止する条項が付いている場合は、その期間内は分割自体ができない。合意ができた場合は、遺言の存在とその内容に相続人全員が合意のうえで異なる分割をした旨を、遺産分割協議書に明記しておくことが、後の紛争予防につながる。
6. 遺留分や特別受益との関係
遺言書があっても、一定の相続人には遺留分という最低限の取り分が法律上保障されている。遺言の内容によって遺留分を侵害された相続人は、遺留分侵害額請求という形で金銭的な補償を求めることができる。これは遺言の有効性そのものを争うものではなく、遺言は有効なまま、取り分の一部を金銭で調整する制度である。生前に特定の相続人だけが多額の援助を受けていた「特別受益」がある場合も、遺産分割の計算に影響する。これらの制度の詳しい条文と計算方法は、遺品整理で見つかった生前贈与の記録はどうする?遺留分・特別受益・寄与分の関係をわかりやすく解説で扱っている。遺言書と一緒に、通帳や贈与に関わるメモらしきものが見つかることも珍しくない。
7. 遺言書を残す側にできる備え
ここまでは遺される側の視点で書いてきたが、遺言書の有無がこれほど手続きを左右するのであれば、自分が遺す側になったときにどう備えるかという話でもある。エンディングノートに「遺言書はある・ない」「あるならどこに、どの方式で保管しているか」を一言書いておくだけで、遺族が仏壇やタンスを一つ一つ探し回る手間を減らせる。生前整理とエンディングノートの具体的な始め方は、生前整理は何から始める?エンディングノートと遺言書、家族との話し合いを解説で扱っている。
封を切らずに立ち止まれるかどうかが、その後の手続きを分ける
遺言書らしきものを見つけたときに問われているのは、内容を早く知りたいという気持ちを一度脇に置けるかどうかである。封を切らずに検認へ回す、あるいは公正証書遺言や法務局保管であれば安心して内容を確認する。その最初の見極めさえ間違えなければ、遺言の有無によって手続きの道筋が変わっても、慌てる必要はない。

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