実家の親が亡くなり、葬儀を終えて自分の生活に戻った数日後、近所の人から「郵便受けがいっぱいになっている」と連絡が来る。次に実家へ帰れるのは数ヶ月先だとすると、その間、家は誰も見ていない状態のまま残される。遠方に住んでいると、遺品整理は「時間が取れない」という問題だけでなく、その場を離れている間に家の管理責任や相続の手続きがどうなっているのか分からないまま時間だけが過ぎていく、という別の緊張感と隣り合わせになる。
1. 住んでいなくても、家の管理責任は相続人から離れない
実家が空き家になった時点で、そこに住んでいるかどうかにかかわらず、所有者としての責任は発生する。民法717条は、建物を含む土地の工作物に瑕疵があり、それによって他人に損害が生じた場合の賠償責任を定めている。実際にそこに住んで管理している「占有者」がいる場合は占有者が一次的な責任を負うが、空き家で誰も住んでいなければ、所有者が直接この責任を負う。しかも所有者の責任は無過失責任とされており、注意を尽くしていたと証明しても免れることができない。民法717条の解説にあるとおり、瑕疵が前の所有者の代に生じたものであっても、現在の所有者が過失なく相続したという事情は免責の理由にならない。屋根瓦が落ちて通行人がけがをした、境界のブロック塀が崩れて隣家の車を傷つけたといった事態が起きれば、相続人がその賠償責任を問われる。
遺産分割協議が終わっておらず、相続登記もまだ済んでいなくても、相続人は法律上すでに共有者として不動産を所有している。「まだ名義変更していないから自分には関係ない」という認識は通用しない。相続登記の義務化とは別の話として、共有者である以上、管理責任は名義変更の有無にかかわらず発生し続ける。自治体から「特定空家」に指定される場合の手続きについては実家が空き家になったときの法律知識で扱ったが、指導や勧告の通知は所有者の住民票上の住所に届く。実家から離れて暮らしていることは、行政からの連絡が届かない理由にはならない。
2. 郵便物は「転送」できない、という前提を知っておく
現地に頻繁に行けない場合、まず直面するのが郵便物の扱いだ。日本郵便の転居・転送サービスを使えば、旧住所あての郵便物を1年間無料で新住所へ転送してもらえる。ただしこの制度は、郵便局窓口・郵送・インターネット(e転居)のいずれの方法でも、届出人本人の確認が前提になっている。
問題は、名義人本人がすでに亡くなっている場合だ。日本郵便は「亡くなられたご本人さまの郵便物等を転送することはできません」と公式に回答しており、本人あての郵便物は転送されず、差出人へ返還される仕組みになっている。日本郵便「死亡した受取人あての郵便物等」
つまり、実家の郵便受けに故人名義で銀行・証券会社・保険会社などから届く郵便物を止めるには、転送届ではなく、差出人一件ずつに死亡の事実を伝え、口座の凍結や契約情報の変更、送付先の変更を個別に依頼していくことになる。これらの多くは電話や郵送で手続きができ、必ずしも現地に行く必要はない。ただし相続関係を証明するために戸籍謄本の提出を求められたり、相続人代表を立てるよう案内されたりすることがあるため、最初の連絡の段階で必要書類を確認しておくと、やり取りの往復を減らせる。
3. 立ち会えないまま遺品整理を進めるときに整理しておくこと
業者に依頼する場合も親族に頼む場合も、遠方に住んでいると、現地に一度も足を運ばないまま作業が終わる、いわゆる「立ち会いなし」の進め方を選ばざるを得ないことがある。この進め方自体は珍しくないが、現場を直接確認できない分、後から「思っていたものと違うものが処分された」「貴重品の行方が分からない」といったトラブルに気づきにくいという弱点を抱える。遺品整理での「ネコババ」問題で扱ったとおり、無断で売却されたり着服されたりする問題は、立ち会いのない現場ほど発覚が遅れやすい。
対策として有効なのは、作業前に「残すもの」「処分するもの」「判断に迷ったら連絡してほしいもの」の基準を書面やメールで具体的に伝えておくことと、作業中・作業後に写真や動画での報告を求めることだ。鍵の受け渡し方法も事前に決めておく必要がある。現地に住む親族に一時的に預ける、業者へ直接郵送する、不動産管理会社に預けるなど選択肢は複数あるが、誰が・いつ・どの経路で鍵を受け渡したかを記録に残しておくと、後日紛失や不正利用の疑いが生じたときに経緯を説明しやすくなる。通帳や権利証など貴重品の保管場所を、現地の代理人にだけは伝えておくことも、開封に立ち会えない状況での安全策になる。業者に依頼する場合に見積書で確認すべき項目はこちらで解説している。
4. 相続人が集まれないまま、相続の手続きを進める方法
実家に集まって遺産分割協議をする、という前提で話が進みがちだが、相続人が全国に散らばっている場合、全員が一度に顔を合わせるのは容易ではない。遺産分割協議書は相続人全員が同じ書面に署名・押印する形が原則だが、全国銀行協会の解説によれば、金融機関は「相続人全員の印鑑証明書により、遺産分割協議書上の相続人全員の署名捺印を照合」することで本人確認を行っている。全国銀行協会「遺産分割協議書」つまり実印と印鑑証明書は、協議が成立した事実を第三者に証明するための仕組みであって、全員が一箇所に集まらなければ整えられない書類ではない。
全員が同時に集まれない場合によく使われるのが「遺産分割協議証明書」という形式だ。同一内容の書面を相続人の数だけ用意し、各自が個別に署名・押印したうえで取りまとめ役のもとに郵送で集める方法で、一通の書面を相続人の間で順番に回し続ける必要がない。全員分がそろえば、通常の遺産分割協議書と同じ効力を持つとされている。
相続登記そのものを自分で申請せず、親族や司法書士に代行してもらう場合は委任状を用意すれば足りる。相続登記の委任状は実印・認印のどちらでも押印できるとされており、遺産分割協議書に必要な実印・印鑑証明書とは別の話である点に注意したい。法務局が運営する登記・供託オンライン申請システムでも、電子署名された委任状を添付する方法や、委任者と代理人がそれぞれ電子署名を行う方法により、代理人によるオンライン申請ができる。登記・供託オンライン申請システム「代理申請について」
相続放棄をするかどうかを検討している場合、家庭裁判所とのやり取りの多くは郵送で完結する。申述後に届く照会書への回答も郵送で返送する形が基本であり、詳しくは法定単純承認をわかりやすく解説で扱っている。
5. 交通費・宿泊費は誰がどう負担するのか
遠方から実家に通うたびに発生する交通費や宿泊費は、決して小さな金額ではない。葬儀費用は相続税の計算上、相続財産から差し引く債務控除の対象になるが、遺品整理や実家との往復にかかる交通費・宿泊費は、この債務控除には原則として含まれない。相続財産からの支出と相続税の関係については遺品整理の費用は相続財産から払えるかで扱っているとおり、費用の性質によって扱いが分かれる。
負担者を決めないまま個々の相続人が立て替えを続けると、誰がいくら支出したのかがあいまいになり、遺産分割の話し合いの場でその清算を巡って対立が生じることがある。早い段階で、実費をどう按分するか、あるいは遺品整理業者への支払いと合わせて相続財産から精算するのかを相続人同士で共有しておくと、後になって金額の記憶や領収書の有無を巡る水掛け論になりにくい。
6. 近隣との関係を保つための最低限の対応
空き家になった実家は、近隣から見れば「誰が管理しているのか分からない家」になる。庭木の越境、郵便受けの散乱、雨戸の異常といった変化に気づいても、連絡先が分からなければ近隣住民は自治体に相談するほかない。町内会・自治会の役員や、日頃付き合いのあった近隣に、緊急連絡先(自分の電話番号、または管理を任せている業者・親族の連絡先)を一言伝えておくだけで、些細な異変を自治体を通さず直接知らせてもらえる可能性が高まる。
遠方に住んでいることは、実家を放置してよい理由にはならない。管理責任も郵便物の扱いも相続の手続きも、現地に住んでいるかどうかとは関係なく発生し続ける。まず何ができるかを整理し、電話・郵送・オンラインで対応できる部分から手をつけていくことが、限られた帰省の機会を有効に使うことにつながる。

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