夫の遺品整理をしながら通帳をめくっていると、死亡した日より後の日付で年金の振込が記帳されているのに気づいた。相続放棄をするつもりで、この口座にはまだ一切手をつけていない。ただ、これから請求するはずの遺族年金と、すでに振り込まれてしまっているこのお金は、同じ「年金」という言葉でくくれるものではない。法律上、両者はまったく別の性質を持ち、相続放棄の判断に与える影響も違ってくる。
遺族年金は「相続財産」に含まれない
遺族基礎年金や遺族厚生年金は、亡くなった人が持っていた財産を遺族が引き継ぐものではない。生計を維持されていたことなど、年金制度が定める要件を満たした遺族自身が、法律にもとづいて新たに取得する権利であり、民法が定める相続とは制度の入り口から別物だ。相続人だから遺族年金を受け取れるわけではなく、相続人でなくても要件を満たせば受給できる場合がある。あとで触れる内縁関係のケースはその典型で、この「固有の権利」という性質が、相続放棄や相続税との関係を考えるうえでの出発点になる。
相続放棄をしても遺族年金は受け取れる
遺族年金が相続財産に含まれない以上、相続放棄をしても受給権に影響はない。法律相談窓口の法テラスも「相続放棄をしても、遺族年金を受け取ることはできます」としており、遺族年金は要件に該当した遺族自身が固有に取得する権利であって相続とは関係がないという理解が実務でも定着している。相続放棄は、亡くなった人が残した借金や資産の承継を拒否する家庭裁判所の手続きであり、遺品を処分すると相続放棄ができなくなる場合がある「法定単純承認」とは別の話になる。年金事務所に死亡の届出と年金の請求を行うことと、家庭裁判所に相続放棄の申述をすることは、互いを妨げない。
混同されやすい「未支給年金」との違い
遺族年金より紛らわしいのが「未支給年金」だ。年金は偶数月に前2か月分をまとめて後払いされる仕組みのため、受給者がいつ亡くなっても、まだ振り込まれていない分の年金が必ず残る。これが未支給年金で、国民年金法19条は、死亡した受給権者と生計を同じくしていた遺族が、自分の名前で未支給年金の支払いを請求できると定めている。請求できる遺族の順位は配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹、その他三親等内の親族の順で、2014年4月の法改正で三親等内の親族まで対象が広がった。この請求権にも5年の消滅時効があり、受給権者の年金の支払日の翌月の初日から5年を経過すると時効によって消滅する。
厚生年金にも同様の仕組みがあり、厚生年金保険法37条は未支給の保険給付を受けられる遺族の範囲を定めている。実際の請求は「未支給年金・保険給付請求書」を年金事務所(自治体の窓口で受け付ける場合もある)に提出する形で進み、亡くなった人の年金証書、死亡の事実がわかる戸籍抄本や死亡診断書、請求者と故人双方の住民票、続柄がわかる戸籍謄本などの添付が求められる。マイナンバーの利用により、住民票などの添付を省略できる場合もある。
未支給年金も、遺族年金と同じく遺族が自己の権利として請求するものであり、相続の対象にはならない。この考え方の土台になっているのが、老齢年金の受給者が死亡した後の訴訟の承継が争われた事件だ。札幌地方裁判所は平成元年5月31日の判決で、未支給の老齢年金請求権は受給権者の一身専属的な権利であり相続の対象となる余地はないと述べ、控訴審の札幌高等裁判所も平成3年6月26日、国民年金法19条にもとづく遺族の権利は遺産相続とは別個のものだと判示した。最終的に最高裁判所第三小法廷も平成7年11月7日、この事件について年金受給権の一身専属性を認める判断を示しており、未支給年金請求権が相続ではなく国民年金法19条にもとづく遺族固有の資格として扱われることが、下級審から最高裁まで一貫して確認されている。
相続放棄する予定なら、故人の口座に残っている年金の扱いに注意がいる
未支給年金の請求権そのものは、相続放棄をしても問題なく行使できる。ただし別に注意が必要なのが、死亡前に振り込まれていて、まだ手つかずのまま故人名義の口座に残っている年金だ。これは名実ともに故人の遺産であり、相続放棄を予定しているなら、生活費や借金の返済にあてる目的でこの口座から引き出すと、相続財産を処分したとみなされて法定単純承認(民法921条1号)にあたり、相続放棄ができなくなるおそれがある。未支給年金の請求とは別に、故人の口座に残っていた生活費用の預金で公共料金を払い続けていたようなケースも、同じ理由で問題になりうる。葬儀費用に充てる資金が必要な場合は、故人の預金を直接引き出すのではなく、遺産分割前の払戻し制度(仮払い制度)を使う方法もあり、あとから相続放棄ができなくなるリスクを避けやすい。故人の口座がどこにあるか分からない場合の確認方法は、預金口座の探し方で具体的な手順を説明している。
遺族年金・未支給年金と、相続税・所得税の関係
遺族年金にも未支給年金にも、相続税はかからない。どちらも「相続財産」ではなく、遺族が固有の権利にもとづいて受け取る給付だからだ。国税庁の質疑応答事例は、未支給年金請求権について、遺族が自己の固有の権利として取得するものであり、死亡した受給権者の相続税の課税対象にはならないとしたうえで、相続税法が定める定期金に関する権利のみなし相続財産にも該当しないという考え方を示している。未支給年金はもともと一括で支払われることが決まっている一時金であり、契約にもとづいて定期的に給付を受ける権利とは性質が異なるためだ。
所得税の扱いは両者で少し違う。継続して受け取る遺族年金そのものは、所得税法9条1項3号にもとづく非課税所得にあたり、金額の大小にかかわらず所得税も住民税もかからない。一方、未支給年金を受け取った遺族には、所得税基本通達34-2により一時所得としての課税関係が生じる。一時所得には50万円の特別控除があるため、その年に他の一時所得がなく、未支給年金の額がこの範囲に収まっていれば、実際に税金が発生することは多くない。
内縁関係にあった人の遺族年金
遺族年金の「配偶者」には、戸籍上の届出をしていない内縁関係の人も含まれる。厚生年金保険法3条2項・国民年金法5条7項が、婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を配偶者に含めると定めているためだ。ただし内縁関係にある人は法定相続人にはならないため、遺産分割や相続放棄の場面では相続人としての権利を持たない。内縁関係にあった夫婦のどちらかが亡くなったときに遺品整理や財産の扱いがどう変わるかは、内縁の夫婦で亡くなったら遺品整理はどうなるで扱っている。
相続放棄の期限と、年金の請求は別々に動かしてよい
相続放棄には亡くなったことを知ってから3か月という期限があるが、遺族年金・未支給年金の請求先は年金事務所や街角の年金相談センターであり、家庭裁判所への相続放棄の申述とはまったく別の手続きだ。両方を同時に抱えて足踏みする必要はなく、遺族年金の請求自体が相続放棄の可否に影響することもない。手を付けてはいけないのは、あくまで故人名義の口座に残っている預金であり、これから遺族固有の権利として支給される年金ではない。

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