病院や介護施設で亡くなった家族の遺品、引き取りはいつまで?施設ごとに異なる「残置物」のルール

深夜、病院から「呼吸が止まりました、すぐにいらしてください」と連絡があり、慌てて駆けつけると、故人の着替えや入れ歯、スマートフォンがビニール袋にまとめられ、「本日中にお持ち帰りください」と看護師に告げられる。あるいは介護施設では、退去の説明と一緒に「原則1週間以内に居室の荷物をすべて撤去してほしい」と言われることもある。葬儀の手配や親族への連絡で頭がいっぱいの中、荷物の引き取りにまで期限があることは、経験して初めて知る人が多い。しかもその袋の中には、あとで慌てて探すことになる通帳や実印が紛れ込んでいることもある。

1. 病院で亡くなった場合、私物の引き取りに法律上の期限はあるか

入院患者が死亡した場合の私物の返却について、全国一律の期限を定めた法律の規定はない。病院ごとの内部規程・入院案内に基づいて運用されているのが実情で、多くの病院では死亡確認後、比較的短い時間のうち(その日のうち、遅くとも数日以内)に引き取りを求められる。理由は単純で、病室は次に入院する患者のために速やかに整える必要があり、霊安室などの安置スペースにも限りがあるからだ。深夜や早朝に家族が呼び出され、慌ただしく荷物をまとめて持ち帰ることになりやすいのは、こうした病棟運営上の事情による。すぐに駆けつけられない場合の対応は、後述する5章・6章で触れる。荷物一式をその場で受け取るときは、可能であればスマートフォンで中身をひと通り撮影しておくとよい。現金や通帳、印鑑が紛れていた場合は、そのことを立ち会った看護師や他の家族と一緒に確認しておくと、あとになって「何を受け取ったか」があいまいになるのを防げる。

2. 介護施設・有料老人ホームでは「残置物」の扱いが契約書で決まっている

一方、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅では、病院と違って入居時に交わす契約書・重要事項説明書の中に、死亡退去時の私物(残置物)の扱いがあらかじめ定められているのが一般的だ。厚生労働省がまとめた有料老人ホームの設置運営標準指導指針そのものには、死亡時の残置物についての統一的な期限は定められておらず、具体的な運用は各施設の契約条件に委ねられている。業界団体である公益社団法人全国有料老人ホーム協会は、会員施設向けに示している標準入居契約書のひな形について、同協会公式サイトのQ&Aページで「死亡退居の際の残置物の保管について、協会の標準入居契約書には、30日での撤去勧告とその60日後(合計90日後)の処分が示されている」という前提のもとで解説を行っている。これはあくまで同協会が示すひな形の一例であり、すべての施設がこの日数をそのまま採用しているわけではない。実際に自分の家族が入居していた施設で何日以内とされているかは、入居時に交付された重要事項説明書・契約書のうち「死亡時の取扱い」「残置物の処理」に関する条項を確認するのが確実だ。なお、特別養護老人ホームや介護老人保健施設のように介護保険法に基づく公的な性格が強い施設は、根拠となる運営基準が有料老人ホームとは異なるため、上記の標準入居契約書と同じ日数がそのまま当てはまるとは限らない。施設の種類にかかわらず、まずは自分の家族が交わした契約書そのものを確認する姿勢が欠かせない。

3. 引き取りに行けない・行かないからといって、施設が勝手に処分できるわけではない

契約書に残置物を処分できる旨の条項があっても、それだけで施設側が独断で家財を廃棄してよいことにはならない。日本の民事法は、権利者が裁判所の手続きを経ずに実力で権利を実現すること(自力救済)を原則として禁じており、河辺法律事務所の解説によれば、賃貸住宅における残置物の処分をめぐる紛争でも同様の原則が適用され、契約書に明確な処分特約があっても、権利者に無断で行う実力行使は法秩序を乱すものとして認められにくいとされる。多田法律事務所の解説も、法的手続によっては権利の実現が不可能または著しく困難な緊急やむを得ない特別の事情がない限り、処分特約を根拠にした一方的な処分は公序良俗に反し無効と判断されうるとしている。介護施設の残置物についても同様の考え方が及ぶため、実務上は施設側が内容証明郵便などで家族に連絡・催告したうえで、一定の猶予期間を置いてから処分するという運用が取られている。実際に賃貸住宅の大家が入居者の家財を独断で処分した事案では、家具・家電の購入費用相当額の賠償を求められたり、器物損壊罪という刑事上の責任が問題になったりした例があると前出の河辺法律事務所の解説は指摘している。もし施設から「もう処分した」「連絡がつかなかったので廃棄した」と告げられた場合は、契約書の該当条項と、実際に催告がなされたかどうかを確認しておく価値がある。

4. 引き取った荷物の中に「あとで探すことになるもの」が混ざっていないか

入院・入所の際、通帳や実印、健康保険証、貴金属類を施設の金庫やロッカーに預けていた場合、退去時にはそれらが袋や封筒にまとめて返却されることが多い。当サイトの遺品整理で捨ててはいけないものとは?相続手続きに必要な書類の保管の考え方で触れたとおり、これらは相続手続きに欠かせない書類であり、荷物を急いで持ち帰る混乱の中で紛失・見落としが起きやすい。施設側が管理していた金銭・貴重品については、預り証や管理台帳と、実際に返却された品目・金額が一致しているかを照合する。まれに管理記録と返却物が食い違うことがあり、これは遺品整理での「ネコババ」はなぜ問題になる?無断売却・着服と業務上横領罪の関係をわかりやすく解説で扱った着服・横領の論点とも無関係ではない。また、入院・入所中に使っていた医療用ベッドや車椅子、酸素濃縮器などがレンタル品だった場合、それらは相続財産ではなく貸主に返す借り物であることが多い。レンタル品の扱いは遺品整理で捨ててはいけないものとは?相続手続きに必要な書類の保管の考え方でも触れているとおりで、遺品と一緒に処分してしまわないよう、仕分けの早い段階で契約書や請求書に「レンタル」「リース」の表記がないかを見ておくと、あとで貸主とのトラブルにならずに済む。

5. 身寄りがなく、誰も引き取りに来られない場合はどうなるか

家族が見つからない、あるいは連絡がつかないまま亡くなった場合の扱いは、病院と介護施設とで少し様相が異なる。総務省行政評価局が令和2年3月にまとめた「地方公共団体における遺品の管理に関する事例等」という報告書は、公営住宅や行旅死亡人のケースにおける自治体の関与を詳しく調査する一方で、「病院に入院していて亡くなった場合であれば、病室だけでなく、借家に遺品が残ることもあるが、こちらについては、市町村が当然に関与することにはならない」と注記している。つまり入院患者の病室内の私物は、公営住宅の入居者死亡のケースとは違い、自治体が自動的に引き取りに動く対象にはなっていない。身寄りが確認できない場合に自治体・相続財産清算人がどう関わってくるかの全体像は、身寄りのない人が死亡したら遺品・財産はどうなる?相続財産清算人と特別縁故者、自治体の役割を解説で詳しく扱っている。なお厚生労働省の手引きによれば、自治体が遺留物品を保管する期間は、滅失・毀損のおそれがあるものを直ちに処分する短期型の運用から、保管後6か月が経過した時点で決裁のうえ処分する中期型、1年から10年程度保管してから処分する長期型まで、自治体ごとに幅がある。

6. 遠方に住んでいてすぐに引き取りに行けないときは

仕事や体調の都合ですぐに駆けつけられない場合、多くの病院・施設は事情を説明すれば一定の猶予や郵送での対応に応じてくれる。ただし、これは施設側の裁量による対応であって、当然の権利として保障されているわけではない。連絡もなく長期間放置すれば、前述のとおり催告を経て処分に進むこともある。遠方に住んでいる場合の遺品整理全般の進め方については、遺品整理を遠方から進めるには?空き家の管理責任と郵便物・相続手続きの注意点で扱っているので、あわせて参考にしてほしい。

7. 入居契約の時点でできる備え

すでに家族が施設に入居している場合は、契約時に交付された重要事項説明書を取り出し、死亡時の残置物の取扱いがどう定められているかを一度確認しておくと、いざというときに慌てずに済む。本人がまだ元気なうちに、施設入居や万が一の際の希望を書き残しておく生前整理・エンディングノートの考え方は、生前整理は何から始める?エンディングノートと遺言書、家族との話し合いを解説で扱っている。

袋に詰められた故人の私物を前にして最初に確認すべきは、量でも思い出でもなく、その中に相続手続きに関わる書類が紛れ込んでいないかどうかだ。

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