遺言書はどう書けば無効にならない?自筆証書・公正証書・秘密証書、3つの方式のルールと選び方

エンディングノートを書き終えた流れで、便箋に「預貯金は妻に、自宅は長男に譲る」と書き、日付と名前を添えて机の引き出しにしまった。そんな一枚に、法的な効力はあるのだろうか。実は同じ文面でも、日付の書き方や押印の有無ひとつで、家庭裁判所も金融機関も認める遺言書にも、ただの覚え書きにもなる。

遺言には3つの「方式」があり、どれかに従っていなければ効力を持たない

民法が定める通常の遺言には、自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言という3つの方式がある。内容がどれだけ具体的で、本人の意思がはっきりしていても、この3つのどの方式の要件も満たしていない書面は、遺言としての法的な効力を持たない。逆に言えば、方式さえ満たしていれば、専門家の手を借りずに自分で作成した一枚の便箋でも、公正証書と同じように相続の場面で使うことができる。3つの方式は、本人の手間・費用・証拠力のバランスが異なるだけで、優劣があるわけではない。なお、船が遭難したときや病気で余命が迫っているときなど、限られた状況でのみ使える「特別方式」の遺言も別途定められているが、生前整理の一環として作成する遺言はほとんどの場合この3方式のいずれかになる。

遺言を書くには、まず15歳以上であることと本人の意思能力が前提になる

方式の細かい話に入る前に、誰が遺言を書けるのかという前提を押さえておく。民法961条は「15歳に達した者は、遺言をすることができる」と定めており、未成年者であっても親の同意なく単独で遺言を作成できる。もう一つの前提が、書いた時点で自分の行為の意味を理解できる意思能力(遺言能力)を持っていることで、これが欠けていたと判断されれば、方式を満たしていても遺言そのものが無効になる。認知症の診断を受けた後に作成された遺言をめぐって、その時点で意思能力が残っていたかどうかが相続人間の争いの火種になることは少なくない。方式さえ整えば有効に成立する遺言だからこそ、書くタイミングを先延ばしにしすぎない判断も必要になる。

自分で書く「自筆証書遺言」に必要な4つの条件

自筆証書遺言は、遺言者が全文・日付・氏名を自分の手で書き、押印することで成立する。法務省が案内する様式の注意事項と民法968条の解説によれば、要件は次の4点に集約される。全文を自書すること、パソコンでの入力や代筆は本文には使えない。日付を自書すること、「令和8年9月吉日」のように特定の日を割り出せない記載は無効になる。実際に「昭和47年7月吉日」とだけ書かれた遺言について、最高裁判所は昭和54年5月31日の判決で、暦上の特定の日を表示していないとして無効と判断している。氏名を自書すること、そして押印すること。実印である必要はなく、認印や拇印でも要件は満たすとされている。用紙のサイズや筆記具、縦書きか横書きかについては法律上の定めがなく、便箋やノートの1ページでも構わない。

財産目録は自書しなくてよい、ただし毎ページに署名押印が必要

2019年1月に施行された民法改正で、自筆証書遺言に添付する財産目録については自書が不要になった。パソコンで作成した一覧表や、通帳のコピー、不動産の登記事項証明書をそのまま目録として添付することもできる。ただし民法968条2項は、自書によらない目録については、そのすべてのページに遺言者本人の署名と押印を求めている。目録が両面印刷であれば両面それぞれに署名押印が必要になる。この一手間が、後から目録だけを差し替えられることを防ぐ役割を果たしている。本文を書き終えたあとに書き間違いに気づいた場合の訂正方法も民法968条3項で定められており、訂正した箇所を示したうえで「何字削除・何字加入」のように付記して署名し、訂正箇所に押印するという厳格な手順を踏む必要がある。実務上は、訂正箇所が複雑になるくらいなら最初から書き直すほうが安全だとされている。財産の特定方法も、無効ではないが後々の手続きを左右する部分だ。不動産は住所ではなく登記事項証明書に記載されたとおりの地番・家屋番号で書き、預金は金融機関名・支店名・口座の種類と番号まで書いておかないと、相続の手続きを行う金融機関の窓口で「どの口座を指すのか特定できない」として、結局は相続人全員の実印を求められる事態になりかねない。財産目録の特例を使って通帳のコピーや登記事項証明書そのものを添付すれば、この特定の手間と間違いを同時に減らすことができる。

夫婦連名の遺言はなぜ無効になるのか

自筆証書遺言を書くときに、夫婦で1枚の紙に連名で意思を書いてしまうケースがある。しかし民法975条は、2人以上の者が同一の証書で遺言をすることを禁止している。クレアール司法書士講座の解説によれば、この規定の趣旨は、1通の証書に複数人の意思が混在すると、一方だけが遺言を撤回したいと思ったときに自由な撤回が難しくなる点にある。夫婦それぞれが自分の遺言を書き、たまたま同じ用紙を綴じて保管していたケースについて、最高裁判所は平成5年10月19日の判決で、各人の遺言書の用紙を綴り合わせたものであっても、両者が容易に切り離せる場合は共同遺言にはあたらないと判断した。夫婦でそれぞれ遺言を残したい場合は、別々の用紙に書いて別々に保管するのが確実で、同じ封筒に入れるとしても、1枚の証書に2人分の署名を並べる書き方は避ける必要がある。

書き終えた自筆証書遺言をどう保管するか

自筆証書遺言は自宅で保管することもできるが、紛失や、相続人の誰かによる廃棄・改ざんのリスクが常につきまとう。この問題に対応するために2020年から始まったのが、法務局が原本を預かる自筆証書遺言書保管制度で、この制度を利用すると相続開始後の家庭裁判所での検認手続きが不要になる。制度の手数料や、相続開始後に家族へ通知が届く仕組みについては自筆証書遺言を法務局に預けるとどう変わる?「遺言書保管制度」の費用・手続きと、死亡後に家族へ届く通知の仕組みで詳しく扱った。なお法務局に預ける場合は、A4サイズで一定の余白を確保するなど保管制度特有の様式が別途求められる。これは自筆証書遺言そのものの有効要件ではなく、あくまで保管制度を利用するための事務的なルールだ。保管制度を使わず自宅で保管したままにした場合、相続人は家庭裁判所での検認を経てからでなければ遺言を執行できず、開封前に遺言書を勝手に開けてしまうと過料の対象になることもある。この検認という手続きの意味と、遺言の有無によって遺品整理の進め方がどう変わるかは遺品整理で遺言書を見つけたら?勝手に開封してはいけない理由と、検認・遺言の有無で変わる相続手続きで解説している。

専門家と証人を交えて作る「公正証書遺言」

もう一つの選択肢が、公証役場で公証人に作成してもらう公正証書遺言だ。民法969条が定める方式では、証人2人以上の立ち会いのもとで遺言者が遺言の内容を公証人に口頭で伝え、公証人がそれを筆記して遺言者と証人に読み聞かせ、内容に誤りがないことを確認したうえで遺言者・証人・公証人がそれぞれ署名押印する。原本は公証役場に保管されるため、自筆証書遺言のような紛失・改ざんのリスクは低く、家庭裁判所の検認も不要になる。ただし証人には条件があり、民法974条は未成年者、遺言者の推定相続人や遺言で財産を受け取る予定の人(受遺者)とその配偶者・直系血族、公証人の配偶者や四親等内の親族などを証人になれない者として除外している。身近に頼める人がいない場合は、公証役場に証人を紹介してもらう方法があり、費用の目安は1人あたり6,000円から1万円程度、弁護士や司法書士に遺言作成そのものから依頼する場合はまとまった額の報酬が別途かかる。

公正証書遺言の手数料はどう決まるか

公正証書遺言の作成手数料は、遺言で承継させる財産の価額に応じて段階的に決まる。日本公証人連合会の案内によれば、目的財産の価額が100万円以下なら5,000円、100万円を超え200万円以下なら7,000円というように区分が設けられており、財産の総額が1億円以下の場合はこれとは別に「遺言加算」として1万1,000円が上乗せされる。原本の枚数が一定枚数を超えた場合や、正本・謄本を追加で発行してもらう場合は1枚あたり250円が加算され、病床や自宅など公証役場以外の場所で作成してもらう場合は、公証人の日当や交通費も別途必要になる。財産を複数の相続人に振り分ける内容であれば、その人数分だけ財産の価額を割り振って手数料を計算することになるため、遺言の内容によって総額は大きく変わる。

内容を明かさずに存在だけを証明する「秘密証書遺言」

3つ目の方式である秘密証書遺言は、実務ではあまり選ばれていないものの、遺言の内容を誰にも知られたくない場合に使える手段として残っている。民法970条によると、遺言者が証書に署名・押印したうえでその証書を封じ、証書に押したのと同じ印章で封印し、公証人1人と証人2人以上の前で「これは自分の遺言書である」ことと筆者の氏名・住所を申し述べ、公証人がその日付と申述内容を封紙に記載して遺言者・証人とともに署名押印するという手順を踏む。公証人は内容そのものには関与しないため、財産の分け方を誰にも知られずに、遺言の存在自体は公的に証明できる。ただし本文は自筆証書遺言と違って自書でなくてもよい一方、方式の不備があると無効になるリスクは自筆証書遺言と変わらず、自宅保管と同様に家庭裁判所での検認も必要になる。法務局保管制度が使えるようになった現在、紛失を防ぐという目的だけであれば、この方式を積極的に選ぶ理由は薄れている。

誰か一人に全部渡す内容にするなら、遺留分への配慮も文章の外側で必要になる

「全財産を妻に相続させる」「長男にすべてを譲る」というような、特定の一人に財産を集中させる遺言は、方式さえ満たしていれば有効な遺言として成立する。ただし有効に成立することと、他の相続人が納得することは別の問題だ。配偶者や子など一定の相続人には、遺言の内容にかかわらず最低限の取り分を主張できる遺留分という権利があり、これを侵害された相続人は遺言で財産を受け取った人に対して金銭の支払いを求めることができる。遺留分の範囲や特別受益との関係は遺品整理で見つかった生前贈与の記録はどうする?遺留分・特別受益・寄与分の関係をわかりやすく解説で扱った。一人に集中させる遺言を書く場合は、なぜそのような配分にしたのかという理由を付言事項として書き添えておくと、残された相続人同士の感情的な対立を和らげる効果が期待できるとされている。また、遺言の内容を確実に実現する人として遺言執行者を遺言の中で指定しておくこともでき、指定された場合の権限や、相続人が勝手に財産を処分できなくなる仕組みについては遺言執行者がいると遺品整理はどう変わる?相続人でも勝手に処分できない財産と、選任・報酬のルールで取り上げている。もう一つ見落とされやすいのが、財産を渡す予定の相手が遺言者より先に亡くなってしまう場合の備えだ。日本公証人連合会の解説によれば、「長男に自宅を相続させる」とだけ書いた遺言は、長男が遺言者より先に死亡すると、その部分の指定自体が意味を持たなくなってしまう。これに備えて「長男が遺言者より先に、または同時に死亡した場合は、同財産は長男の子に相続させる」という予備的な条項をあらかじめ書き添えておく方法があり、公正証書遺言であればこの予備的な部分を追加しても手数料が上乗せされることはない。

結局どの方式を選べばいいのか、判断の分かれ目

3つの方式のどれを選ぶかは、費用と証拠力のどちらを優先するかで決まる。費用をかけずにまず形にしておきたいなら、自筆証書遺言を書いて法務局保管制度を利用する組み合わせが選ばれることが多く、公証人の手数料はかからず、法務局に納める手数料も1件3,900円で済む。後から相続人の間で「本人が書いたのか」「認知症の影響ではないか」といった争いが起きる可能性をできるだけ小さくしたいなら、公証人と証人が作成過程に関与する公正証書遺言のほうが証拠力は高い。入院中などで公証役場に出向けない場合は、公証人に出張してもらうこともできるが、その分の手数料と日当がかかる。財産の分け方自体を家族の誰にも知られたくないという事情がある場合に限り、秘密証書遺言が候補に残る。ただしこの方式を選んでも検認は省略できないため、単に紛失や改ざんを防ぎたいだけであれば、今は法務局保管制度付きの自筆証書遺言のほうが手軽だ。

遺言書は、生前整理の中の一つの選択肢にすぎない

遺言書の作成は、エンディングノートを書くことの延長線上にある行為のように見えて、法的な効力を持つかどうかという一点で性質がまったく異なる。エンディングノート自体には法的拘束力がなく、遺言書と何が違うのかは生前整理は何から始める?エンディングノートと遺言書、家族との話し合いを解説で整理した。判断能力が低下する前に財産の管理方法まで決めておきたい場合は、遺言よりも柔軟に財産の使い道を設計できる家族信託という選択肢もあり、遺言との役割の違いは認知症になると預金が引き出せなくなる?生前に備える「家族信託」の仕組みと、成年後見との違いで解説している。便箋一枚に書いた言葉が家族の間で効力を持つかどうかは、内容の善し悪しではなく、方式を守ったかどうかだけで決まる。そのことを知っているかどうかが、残された家族の手続きの重さを大きく左右する。

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