認知症の母に長年、司法書士の成年後見人がついていた。母が亡くなった翌週、その後見人から電話が入り、「後見は終了しましたので、今後の手続きは相続人の皆様で進めてください」と告げられた。これまで通帳の管理も自宅の見回りもすべて後見人が担ってきたのに、死亡の瞬間に何もかもが相続人の手に戻ってくるという説明を受けても、遺品や財産をどこまで引き継げばいいのか見当がつかない。後見人には、死亡後もなお法律上できることと、もうできないことがある。
1. 成年後見は本人の死亡と同時に終了する
成年後見制度は、判断能力が十分でない本人を保護するための制度であり、後見人の代理権・財産管理権は本人の死亡によって当然に消滅する。保護すべき本人がいなくなった以上、後見という枠組み自体が存在理由を失うためで、家庭裁判所に改めて「終了の審判」を申し立てる必要はない。
もっとも、権限がゼロになるわけではない。民法874条は委任に関する654条・655条の規定を後見に準用しており、後見人には「急迫の事情があるときは、相続人や承継人が管理を始められるようになるまで、必要な処分をしなければならない」という応急処分義務が生じる。加えて民法870条により、後見人またはその相続人は、任務が終了した日から2か月以内に「後見の計算」、つまり在任中の財産管理の収支をまとめる作業を行わなければならない。この期間内に終えられない事情があれば、家庭裁判所に伸長を申し立てることができる。
2. 死亡後も成年後見人ができる「死後事務」の範囲
2016年(平成28年)の民法改正より前は、死亡と同時に後見人の権限が失われるにもかかわらず、実務では葬儀費用の支払いや遺体の引き取りなど、誰がどこまで対応してよいかが法律上はっきりせず、後見人ごとの判断に委ねられていた。法務省の解説によれば、この改正で新設された民法873条の2は、この空白を埋めるかたちで、本人の死亡後も相続人が相続財産を管理できるようになるまでの「つなぎ」として、後見人ができる行為を3つに整理した。
1号は、相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為で、空き家になった自宅の雨漏り修繕や、時効が迫っている権利の中断手続などが当てはまる。2号は、弁済期がすでに到来している債務の弁済で、入院費や施設利用料、公共料金の支払いがこれにあたる。3号は、遺体の火葬または埋葬に関する契約の締結その他相続財産全体の保存に必要な行為で、この3号の行為だけは家庭裁判所の許可を得なければならない。
いずれの行為にも共通する前提として、相続人の意思に反することが明らかなときは行えないという制約がある。千葉家庭裁判所のQ&Aでも、後見人が良かれと思って行動しても、それが判明している相続人の意向と食い違えばこの規定を根拠にはできないことが説明されている。
3. 遺品の処分・形見分けは後見人の権限に含まれない
873条の2が認めているのは、あくまで財産の「保存」に関わる行為にとどまる。当座の管理として冷蔵庫の中の食品を処分する程度ならともかく、家財道具をまとめて処分したり、形見分けという形で特定の親族に譲り渡したりすることは、この条文が想定する範囲を超える。
そのため、後見人が本人の死亡後も管理していた通帳・現金・重要書類・自宅内の遺品は、原則としてそのまま相続人に引き継がれる。引き継いだ相続人が実際に仕分けを行い、何を形見として分け、何を処分するかを判断していくことになる。仕分けの進め方や勝手に処分した場合の法的なリスクについては捨ててはいけないもので、形見分けの時期やマナーについては遺品の形見分けで扱っている。
もうひとつ注意したいのは、相続人が遺品を受け取ったあとの動き方だ。相続放棄や限定承認を検討している相続人が、引き継いだ遺品のうち経済的価値のあるものを売却したり自分のものにしたりすると、単純承認をしたとみなされ、放棄や限定承認ができなくなることがある。後見人からの引き継ぎで受け取った財産も、相続財産であることに変わりはない。この仕組みについては法定単純承認で詳しく説明している。
4. 死後事務委任契約との違い、両方を考えておく理由
成年後見制度は、法定後見であれ任意後見であれ、本人の生前を支えるための制度で、本人の死亡と同時に役割を終える点は共通している。葬儀の手配、納骨、行政への各種届出、家財処分業者への依頼など、死後に希望どおりの対応をしてほしい場合は、後見制度とは別に「死後事務委任契約」を生前に結んでおく必要がある。弁護士法人の解説によれば、死後事務委任契約は本人と受任者との間の契約であり、成年後見とは法的な根拠がそもそも異なる。873条の2が後見人に認めているのはあくまで保存的な行為に限られるため、それを超える希望(特定の葬儀社への依頼、遺骨の納め方の指定など)を確実に実現したいなら、死後事務委任契約でなければ対応できない。
特に、身寄りが少ない人や、推定相続人との関係が疎遠な人ほど、生前のうちに財産管理(成年後見)と死後の手続き(死後事務委任契約)をセットで準備しておく意味が大きくなる。この種の生前の備えの全体像は生前整理の始め方で扱っている。
5. 相続人がわからない・連絡が取れない場合の後見人の立場
後見人は本人の推定相続人を把握していることが多いが、相続人と長年疎遠だったり、そもそも相続人が見当たらなかったりするケースもある。この場合、後見人は誰かに財産を引き継ぐこと自体ができない。司法書士事務所の解説にあるとおり、こうしたときは家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てることができる。相続財産清算人が選任されれば、以降の財産管理と相続人の捜索、債権者への公告といった手続きは清算人が担うことになり、後見人はその時点で財産を引き渡して自らの職務を終える。
相続人の存在が最後まで明らかにならなかった場合、本人と特別な縁故があった人への分与を経て、残った財産は最終的に国庫に帰属する。この一連の流れと、身寄りのない人の遺品整理に自治体がどう関わるかは、別の記事で扱っている。
6. 後見人からの引き継ぎで、相続人が確認すべきこと
後見人から相続人への引き継ぎでは、財産目録、後見の計算の結果をまとめた収支計算書、通帳や証書類といった書類がやり取りされる。
本人が遺言を残していた場合は、財産の引き継ぎ先が相続人ではなく遺言執行者になることもある。遺言執行者が選任されているかどうかで窓口が変わるため、後見人からの連絡を受けた時点で、遺言の有無を先に確認しておく必要がある。引き継いだ財産の中に骨董品や貴金属など高価なものが含まれていた場合、独断で処分してしまうと後から相続人間のトラブルや相続税の申告漏れにつながりかねない。この点は高価な遺品が見つかったときの考え方で扱っている。
また、後見人が管理していた自宅が今後空き家になる見込みなら、管理責任は相続人に移る。特定空家に指定された場合の固定資産税の扱いや、相続放棄をした場合でも管理義務が残る場合があることは空き家になったときの法律知識で確認できる。
後見人からの引き継ぎは、単なる書類の受け渡しではない。故人の財産を、相続人自身の手で初めて直接管理し始める出発点であり、財産目録と実際の中身を照らし合わせる作業こそが、その後の遺品整理と相続手続きの土台になる。

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