タンスの引き出しの奥、古い着物に包まれた帯封つきの札束。仏壇の抽斗にしまわれた、輪ゴムで束ねた茶封筒。遺品整理をしていると、こうした現金が思いがけず出てくることがある。見つけた瞬間は「とりあえずお財布に入れておこう」「葬儀費用の足しにしよう」で済ませてしまいたくなるが、この現金は法律上まだ誰のものでもなく、税務署にとっては最も申告漏れを疑われやすい財産でもある。
1. 見つかった現金は、遺産分割が終わるまで「誰のものでもない」
複数の相続人がいる場合、亡くなった人の財産は遺産分割が終わるまで相続人全員の共有に属すると民法898条第1項に定められている。現金や預貯金もこの例外ではなく、宝石や骨とう品と同じ「相続財産」として扱われる。この原則そのものは「遺品整理で高価なものが見つかったら?勝手に処分しないための民法と相続税の基礎知識」で扱った通りだが、現金には貴金属や骨とう品にはない特有の危うさがある。値札のない札束は、見つけた人がその場でポケットに入れても外形上は何も変わらない、という点だ。
その手軽さゆえに、見つけた相続人が家族に黙って使ってしまったり、葬儀費用の一部にあてて他の相続人に報告しなかったりするケースは珍しくない。遺品を独断で処分・消費すると、相続放棄や限定承認ができなくなる「法定単純承認」とみなされる可能性があることは「遺品を勝手に処分すると相続放棄ができなくなる?『法定単純承認』をわかりやすく解説」で、他の相続人に無断で売却・着服した場合に業務上横領罪が問題になり得ることは「遺品整理での『ネコババ』はなぜ問題になる?無断売却・着服と業務上横領罪の関係をわかりやすく解説」で取り上げている。見つけた現金は、まず金額と発見場所を記録し、他の相続人に共有することから始めたほうがよい。
2. 現金・預貯金は、相続税の税務調査でもっとも指摘されやすい財産
見つかった現金を軽く扱えない理由は、相続放棄の問題だけではない。国税庁が公表した「令和6事務年度における相続税の調査等の状況」によれば、同年度に実施された実地調査9,512件のうち、申告漏れなどの非違があったのは7,826件、非違割合は82.3%にのぼる。申告漏れ課税価格の総額は2,942億円で、追徴税額は824億円に達した。
財産の種類別に見ると、申告漏れ課税価格のうち現金・預貯金等が1,247億円と全体の43.3%を占め、最も多い。有価証券(837億円、29.1%)、土地(393億円、13.6%)がこれに続く。同資料によれば、現金・預貯金等の割合は令和4事務年度が41.0%、令和5事務年度が44.1%と、年度によって多少の変動はあるものの、毎年4割前後で申告漏れ財産の首位を占め続けている。不動産のように登記簿から存在が把握できる財産と違い、現金は「見つけた人が黙っていれば分からない」という性質上、申告から漏れやすい財産だということがこの数字からも分かる。
3. 家族名義の口座に移した現金は「名義預金」とみなされる
見つかった現金をそのまま自分の口座に入金してしまうケースもあるが、これも避けたほうがよい。仮に相続人自身の口座に入れたとしても、その資金の出どころが被相続人であれば、税務上は「名義預金」として被相続人の相続財産に含めて申告しなければならない可能性が高いからだ。
3-1. 名義預金かどうかは「誰の口座か」ではなく「誰のお金か」で判断される
名義預金とは、口座の名義人と実際にその預金を管理・支配している人が異なる預金のことを指す。税理士法人チェスターの実務解説によれば、名義預金かどうかの判定は「預金口座の出捐者、口座の管理及び運用者、口座から生ずる利益の帰属者、被相続人と当該財産の名義人との関係、口座名義を有することになった経緯等」を総合的に考慮して行われるとされている(税理士法人チェスター相続税実務研究所)。誰の名義になっているかではなく、実際にその資金を出したのは誰か、通帳や印鑑を管理していたのは誰か、口座から生じる利子などの利益を受け取っていたのは誰かが判断材料になる。名義が家族のものであっても、資金の出所が被相続人であれば被相続人の財産として扱われる可能性が高い。
遺品整理の現場で見つかった現金を、家族の誰かの口座に「とりあえず」入金してしまうと、この名義預金の構造をあとから作り出してしまうことになる。入金した記録自体が残るため、かえって使途不明金として税務調査で指摘されやすくなる面もある。
3-2. 生前に少しずつ移していた現金との違い
被相続人が生前、子や孫の口座に現金を少しずつ移していた場合はどうか。この場合も、単に口座間でお金が動いただけでは贈与は成立しない。贈与が法的に成立するには、贈与者が「あげます」、受贈者が「もらいます」という意思表示が合致している必要があり、口座の名義人がその口座の存在自体を知らなかったり、通帳・印鑑を渡されず自由に使える状態になかったりすれば、贈与は成立していないとみなされ、これも名義預金として扱われる。逆に、贈与契約書を作成し、受贈者が実際に口座を管理し、必要に応じて贈与税の申告も行っていたのであれば、正当な贈与として扱われやすくなる。
4. 生前の贈与だったとしても「7年以内」なら相続財産に足し戻される
贈与そのものが有効に成立していた場合でも、それだけで相続税と無関係になるわけではない。相続や遺贈で財産を取得した人が、被相続人から相続開始前一定期間内に贈与を受けていた場合、その贈与財産は相続税の課税価格に加算される「生前贈与加算」という仕組みがある。
この加算期間は令和5年度税制改正で「相続開始前3年以内」から「相続開始前7年以内」に延長された。国税庁のパンフレット「相続税及び贈与税の税制改正のあらまし」によれば、この改正は令和6年1月1日以後に贈与により取得する財産に係る相続税について適用される。ただし全ての相続で即座に7年分が対象になるわけではなく、経過措置により段階的に延長される。相続開始が令和8年12月31日までであれば加算期間は従来どおり3年のままで、令和9年1月1日以後に相続が開始した場合から、令和6年1月1日以後の贈与を対象に加算期間が延び始め、令和13年1月1日以後に相続が開始した場合に初めて、完全な7年間が加算対象になる。延長された「相続開始前3年超7年以内」の贈与については、加算対象額の合計から100万円を差し引いた残額のみを相続財産に加算するという緩和措置も設けられている。
タンスの奥から見つかった現金が、実は生前贈与のつもりで渡されていたものだったとしても、それが相続開始前7年以内(経過措置期間中はそれより短い期間)の贈与であれば、名義預金かどうかにかかわらず相続税の計算に取り込む必要が生じる場合がある。
5. なぜタンス預金は税務署に見つかるのか
「現金なら記録が残らないから申告しなくても分からないのではないか」と考える人もいるが、実際には税務署は現金についても把握する手段を持っている。税理士法人チェスターの解説によれば、国税庁は国税総合管理(KSK)システムに納税者の申告・納税実績などの情報を蓄積しており、これをもとに被相続人の生前の収入や資産の規模を把握したうえで、提出された相続税申告書の内容と比較する(税理士法人チェスター)。また弁護士法人ALG&Associatesの解説では、税務署は金融機関に照会をかけて被相続人や家族名義の口座について最大10年分の取引履歴をさかのぼって調査でき、出金されたにもかかわらず使い道が説明できない「使途不明金」の有無を確認するとされている(弁護士法人ALG&Associates)。生前の収入や資産の規模に対して申告された遺産が不自然に少ない場合、その差額がタンス預金として指摘される典型的なパターンになる。
6. 申告を忘れていた場合、税務署は何年前までさかのぼれるのか
見つけた現金の申告が漏れていた場合、いつまでも安心はできないが、無期限に課税されるわけでもない。国税通則法70条は、相続税を含む国税の更正・決定ができる期間を法定申告期限から原則5年と定めており(同条第1項)、「偽りその他不正の行為」によって税額を免れていた場合はこれが7年に延長される(同条第5項)。相続税の法定申告期限は被相続人の死亡を知った日の翌日から10か月以内なので、単純に計算すると死亡から5年10か月(不正があった場合は7年10か月)が、税務署が課税処分をできる期限の目安になる。相続税の申告要否の判断基準や10か月の申告期限そのものについては「遺品整理で高価なものが見つかったら?勝手に処分しないための民法と相続税の基礎知識」でも扱った基礎控除額の考え方とあわせて確認しておきたい。単に見落としていただけなのか、意図的に隠していたと評価されるかで、さかのぼれる期間が2年変わってくる。
7. 見つけた現金をどう扱えばいいか
遺品整理の現場で現金が出てきたときにすべきことは、実のところそれほど複雑ではない。見つかった金額と場所を写真やメモで記録し、その場で使ったり自分の口座に入れたりせず、他の相続人にも速やかに共有する。この記録の取り方は「遺品整理で捨ててはいけないものとは?相続手続きに必要な書類の保管の考え方」で扱った、通帳や証書の保管方法と同じ発想でよい。誰か一人が黙って使い込んでしまうと、他の相続人との間では使途不明金をめぐる疑心暗鬼につながり、税務署との関係では名義預金や生前贈与加算の判定という、本人の記憶だけでは説明しきれない論点に発展する。見つけた金額が大きいほど、記録と共有を後回しにしないことの意味は大きくなる。

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