実家に長く置かれていたアップライトピアノは、何十年も鍵盤を開けられることなく部屋の隅にあった。粗大ごみの収集日に合わせて自治体の窓口に電話すると、「ピアノは収集できません」とだけ告げられる。大きくて重いからだろうと処分先を探し始めると、鍵盤に使われている素材によっては、譲渡や売却そのものに別の法律が関わってくることに気づかされる。
ピアノが「普通の粗大ごみ」として収集されない理由
自治体が運営する粗大ごみ収集の多くは、重さや大きさに上限を設けている。大阪府箕面市の案内では、ピアノは通常の収集に出せないごみの一つに挙げられ、販売店など専門の業者への処分依頼が案内されている。さいたま市が公表している適正処理困難物一覧でも、ピアノは市で処理・収集できない品目として記載されており、指定された処理施設へ自分で持ち込む方法と、一般廃棄物の収集運搬を許可された業者に依頼する方法の二つが示されている。横浜市の案内はさらに踏み込み、「購入先、販売店、メーカーなどに依頼してください」としたうえで、問合せ先が分からない場合は販売店か市の資源循環局事務所に相談するよう呼びかけている。テレビや冷蔵庫、エアコンのような家電リサイクル法の対象品目とは違い、ピアノは全国一律の処分ルートが法律で決まっているわけではなく、自治体ごとに「処理困難物」として個別に扱いが定められている対象だという点が、まず押さえておきたい違いになる。実家のある自治体がどの方式を採っているかは、処分を考え始めた段階で確認しておきたい。
処分の選択肢は、自治体の案内だけにとどまらない
自治体が案内する自己搬入や許可業者への依頼は、あくまで「処分」を前提にした方法だ。状態の良いピアノであれば、ほかにも選べる道がある。一つは買取・下取りという選択肢だ。ピアノを買い取って再販する業者は古物営業法上の古物商にあたることが多く、古物商許可の仕組みで解説したとおり、都道府県公安委員会の許可を受けて初めて中古品の買取・販売ができる。見積もりを依頼する際は、許可を受けた業者かどうかを確認しておくと、後から思わぬ形で揉める事態を避けやすい。処分を運搬業者に任せる場合も同様で、トラックで回収に来る業者が一般廃棄物処理業の許可を持っているかどうかは廃品回収と遺品整理の違いで解説した分かれ目がそのまま関わってくる。もう一つは、学校や音楽団体、海外の教育支援団体などへの寄贈・リユースという道だ。使われなくなったピアノを必要としている先に届ける仕組みは複数存在しており、何を基準に売却と寄付を選ぶかは遺品を寄付する際の判断材料で扱った考え方がそのまま当てはまる。
独断で処分する前に、相続人どうしで確認したいこと
ピアノは動産として相続財産に含まれる。年式やメーカー、状態によっては相応の価値がつくこともあり、遺品整理で高価なものが見つかったらで解説したとおり、相続人の一人が独断で売却・処分してしまうと、後から他の相続人との間でトラブルになりかねない。遺品を売却してお金に換える場合に相続人全員の同意が必要になる理由と、無断で売ると相続放棄ができなくなるリスクは別記事で詳しく解説している。ピアノほどの大きさと価値を持つ遺品であれば、処分の方法を決める前に、誰がどう対応するかを家族内で共有しておいたほうがよい。
古いピアノの鍵盤には、象牙が使われている場合がある
アップライトピアノやグランドピアノの鍵盤は、かつて象牙を薄く削って貼り付ける製法でつくられていた。象牙はワシントン条約による国際取引の規制が強まるにつれて入手が難しくなり、国内のピアノメーカーは代替材料の鍵盤への切り替えを進めてきた経緯がある。そのため、年式の古いピアノほど、鍵盤に本物の象牙が使われている可能性が残る。ヤマハをはじめ主要メーカーは製造番号から製造年を調べられる一覧を公式に公開しており、ヤマハが公開している製造番号と製造年の対応表のように、本体に刻まれた番号を照合すればおおよその年代を特定できる。処分や譲渡を考える前に、まず製造年を確認しておくと、鍵盤の素材について考える際の手がかりになる。
「種の保存法」が定める象牙製品の取引規制
象牙を使った製品の取引は、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)で規制されている。環境省の解説によれば、象牙のカットピースや端材、印材、製品などを事業として譲渡・引渡しすることは「特別国際種事業」と位置づけられ、これを行おうとする者はあらかじめ事業者登録を受けなければならない。登録を受けた事業者には、広告・販売時の登録番号の表示や、一定の重量・大きさ以上の象牙製品を取得した際の管理票の作成といった、厳格な管理が義務づけられている。これは牙そのものの形を保った「全形牙」を対象にした個体登録制度とは別の仕組みで、鍵盤のように加工された製品側の取引を管理するためのものだ。
ここで遺品整理にとって重要なのは、この登録義務が「事業として」反復継続的に取引を行う場合に生じるという点だ。環境省が示す手続きの案内では、個人であっても反復継続的に象牙製品を取引する場合は特別国際種事業に該当する可能性があるとしつつ、「相続した遺品の整理のため1回限り販売・譲渡を行う場合等」は、この登録の対象外になる場面として明記されている。家族が遺品整理の一環としてピアノを一度だけ売却・譲渡する分には、自分で事業者登録を受ける必要はない。一方で、買い取った側がそのピアノを再販するのであれば、買取業者の側が特別国際種事業者としての登録や古物商許可といった制度の対象になる。
海外とやり取りする場合は、別の規制がかかる
ピアノを海外から持ち込んだり、海外へ送り出したりする場合は、国内の取引とは別にワシントン条約そのものの規制がかかる。経済産業省の解説は、条約の規制が及ぶようになる前に取得した象牙製品の例として「アンティークのピアノ、美術品等」を挙げ、これらを輸入する際には経済産業大臣の輸入承認を、輸出する際には輸出承認をあらかじめ受けなければならないとしている。対象となる象の種類によって条約の適用開始日は異なり、アジアゾウは1975年7月1日以降、アフリカゾウは1976年2月26日以降に取得された象牙製品は、輸入・輸出とも原則として認められない。実家のピアノを海外に住む親族へ渡したい、あるいは海外から送られてきたピアノを処分したいといった場面では、この輸出入規制が別にかかわってくることを念頭に置いておきたい。
鍵盤の素材に迷ったら、分解や処分を急がない
年式の古いピアノが象牙の鍵盤を使っているかどうかは、見た目だけで判断できるとは限らない。象牙かどうかを自分で確かめようと鍵盤を剥がしたり、売却先を次々と変えて取引を繰り返したりすることは、特別国際種事業への該当性をめぐる判断を自分から複雑にしてしまいかねない。判断に迷う場合は、ピアノを一括して専門の業者や調律師に見てもらい、鍵盤の素材を含めた状態を確認したうえで、売却・寄付・処分のどの道を選ぶかを決めるほうが実務的だ。
大きさだけでなく、鍵盤一枚の素材が処分の進め方を変える
ピアノの処分に手間がかかるのは、重さや大きさのためだけではない。鍵盤に象牙が使われているかどうかで、売却や譲渡にまつわる制度上の扱いまで変わってくる。自治体への相談と並行して、製造年と鍵盤の素材を含めたピアノ全体の状態を専門家に確認することが、処分の道筋を最初に決める一歩になる。

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