故人の証券口座はどう相続する?株式・投資信託の名義変更手続きと、NISA口座が非課税のまま引き継げない理由

仏壇の引き出しの奥から、見覚えのない証券会社名が印字された封筒が出てきた。開けてみると「取引残高報告書」と書かれた書面に、聞いたこともない銘柄と数字が並んでいる。銀行口座なら死亡を伝えて残高証明書を取ればいいと聞いていたが、証券口座はどうやら勝手が違うらしい。実際、株式や投資信託は現金や預金と違い、名義が亡くなった本人のままでは相続人が売ることも、そのまま引き継ぐこともできない。

株式は現金のように分けられない — 死亡した瞬間から「共有」になる

現金や預金であれば、遺産分割協議がまとまる前でも、金額さえ決まれば分けること自体は難しくない。ところが株式や投資信託の受益権は性質が異なる。相続が始まると、遺産分割が終わるまでの間、相続財産は相続人全員の共有に属することが民法898条に定められており、これは遺品整理で高価なものが見つかったら?勝手に処分しないための民法と相続税の基礎知識で扱った現金や骨とう品と同じ原則だ。ただし株式の場合、この共有状態は「準共有」と呼ばれ、単に分け方を待っているだけでなく、議決権の行使や配当金の受け取りといった株主としての権利行使そのものが制約を受ける。

会社法106条は、株式が共有(準共有)されている場合、権利を行使する代表者を1人定めて会社に通知しなければならないと定めている。この代表者の決め方について、最高裁は平成9年1月28日の判決で、相続人全員の合意までは不要で、持分の価格に従いその過半数で決めることができるとの判断を示した。全員一致を必要とすると、意見が割れた瞬間に身動きが取れなくなってしまうためだ。一方で、この代表者の指定や通知がないまま会社側が一部の相続人による権利行使を認めた場合の扱いについては、最高裁平成27年2月19日第一小法廷判決が、その権利行使の方法が民法上の共有物の管理に関する規定に沿ったものでなければ、会社が同意しても適法にはならないとの判断を示している。要するに、相続人の誰か一人が「自分が代表のつもりで」勝手に議決権を行使したり、証券会社に指示を出したりできる状態ではない。

証券会社に死亡を連絡してから、残高証明書が出るまで

証券会社に口座名義人の死亡を連絡すると、口座は凍結され、以後の売買注文や出金ができなくなる。この点は銀行口座と同じ発想だ。手続きに必要な書類も、被相続人の死亡が確認できる戸籍(除籍)謄本、相続人全員の関係がわかる戸籍謄本、相続人の本人確認書類や印鑑登録証明書など、預金の相続手続きとおおむね共通しており、故人の預金口座の探し方や必要書類の考え方は遺品整理で通帳が見つからない?故人の預金口座の探し方と「相続時預貯金口座照会」という新しい制度で扱った通りだ。故人がどの証券会社に口座を持っていたか手がかりがない場合も、同記事で紹介した証券保管振替機構(通称・ほふり)への開示請求で、口座の開設先を調べられる。

相続税の申告や遺産分割協議のためには、死亡日を基準日とした残高証明書の取得が欠かせない。株式は日々値動きするため、死亡日の時点でいくらの評価だったかを確定させる作業が、預金以上に重要な意味を持つ。この評価額の算出方法は後述する。

売るには先に「移管」が必要になる — 相続人が同じ証券会社に口座を持っていない場合

証券口座の相続でつまずきやすいのが、この「移管」という手続きだ。被相続人名義の口座に残っている株式や投資信託は、名義がそのままでは売却できない。いったん相続人名義の証券口座に振り替える(移管する)手続きを経て初めて、売却や保有の継続が可能になる。遺産分割協議書または相続人全員の同意書によって取得者が決まったら、その相続人の証券口座宛てに移管の指図を出す、という流れになる。

ここで見落とされがちなのが、相続人がその証券会社に口座を持っていない場合は、移管を受けるための新規口座開設が先に必要になるという点だ。相続専門の税理士法人のサイトでは、対面型の証券会社で2週間から1か月程度、郵送でのやり取りが中心になるネット証券では1〜2か月程度という目安が示されているが、これは各社の実務を踏まえた民間の目安であり、公的に統一された処理期間があるわけではない。証券会社ごと、また相続関係の複雑さ(相続人の人数や、遺言・遺産分割協議書の有無)によって、実際にかかる期間は変わってくる。株式のまま複数の相続人で分けたい場合は、各相続人がそれぞれ移管先の口座を用意する必要があり、預金を分けるよりも手間が一段階多い。

上場株式の相続税評価は「死亡日の終値」とは限らない

相続税の申告では、株式をいくらと評価するかが問題になる。上場株式の評価方法は財産評価基本通達169条に定められており、原則は被相続人の死亡日(課税時期)の終値だが、それだけでは終わらない。同通達は、死亡日の終値が次の3つの月平均額のうち最も低い額を上回る場合は、その最も低い額で評価するとしている。3つの月平均額とは、死亡した月の毎日の終値の平均額、死亡した月の前月の月平均額、死亡した月の前々月の月平均額である。国税庁のタックスアンサー「No.4632 上場株式の評価」でも、この4つの価額のうち最も低い金額を課税時期の評価額とする仕組みが説明されている。相場が急騰した直後に亡くなったようなケースでは、死亡日の終値だけで評価すると納税者に不利になりかねないため、直近3か月分の平均額との比較で低いほうを採用できるようになっている。

非上場の株式(取引相場のない株式)は、この169条とはまったく別の評価体系になる。会社の規模や株主の立場(同族株主にあたるかどうか)によって、類似業種比準方式・純資産価額方式・配当還元方式などを使い分ける仕組みで、上場株式のように市場価格を参照するだけでは済まない。故人が同族会社の株式を保有していた場合は、この評価だけで専門的な検討が必要になるため、詳細は国税庁「No.4638 取引相場のない株式の評価」を参照しつつ、税理士に相談したほうがよい。

NISA口座の株式は、非課税のまま相続することはできない

証券口座の中でも特に誤解が多いのが、NISA(少額投資非課税制度)口座で保有していた株式や投資信託の扱いだ。NISA口座の非課税措置は、口座を開設した本人が生きている間だけの制度であり、口座名義人が死亡した時点で非課税措置は終了する。金融機関に「非課税口座開設者死亡届出書」を提出する必要がある点は、通常の証券口座の死亡手続きに加えて発生する固有の書類だ。

税務上の扱いも独特だ。死亡日の終値で、いったん「相続人が取得した」ものとみなされる。死亡日までに生じていた含み益はそのまま非課税で確定し、課税されることはない。一方で、含み損を抱えたまま亡くなった場合、その損失は税務上ないものとして扱われ、他の口座の利益と相殺したり、翌年以降に繰り越して控除したりすることはできない。非課税の恩恵は一方通行で、損失側には及ばないという理解が要る。

そのうえで、相続人はこの株式や投資信託を自分のNISA口座で受け継ぐことはできない。必ず相続人自身の特定口座または一般口座で受け入れることになり、以後は通常の課税口座として扱われる。相続人にとっての取得費(取得価額)は、故人がいくらで買ったかではなく、死亡日の終値に相当する金額に更新される。たとえば故人が100万円で買った投資信託が死亡日に150万円まで値上がりしていた場合、相続人はこの150万円を取得費として引き継ぎ、その後170万円で売却すれば、差額の20万円だけに譲渡益課税がかかる。この仕組みは2024年に始まった新NISAでも変わらない。「非課税のまま家族に引き継げる」という思い込みで放置していると、実際に売却する段階になって想定外の課税関係に戸惑うことになりかねない。

名義変更を後回しにするとどうなるか

証券口座は預金と違って値動きがあるため、名義変更を先延ばしにしている間も、株価や基準価額は動き続ける。遺産分割協議が長引くほど、実際に売却できる段階になったときの評価額が、相続税申告時に使った評価額と乖離していく可能性がある。加えて、名義が亡くなった人のままでは、配当金の受け取りや株主総会に関する通知が滞ったり、議決権の行使に前述の権利行使者の指定が必要になったりと、通常の株主としての権利を十分に行使できない状態が続く。

見落とされやすいのは、相続税の申告期限が、証券口座の名義変更や遺産分割協議の進み具合とは関係なく進んでいくという点だ。相続税の申告と納税には、死亡を知った日の翌日から10か月という期限があり、財産調査や証券会社とのやり取りに時間がかかっているからといって、この期限が自動的に延びるわけではない。遺品整理を始める時期そのものと、こうした相続手続き上の期限との関係は遺品整理はいつから始める?四十九日と相続放棄・相続税の期限、気持ちの整理がつかないときの考え方で扱っている。証券会社への問い合わせや必要書類の準備が後回しになるほど、この10か月という期限に対する余裕は失われていく。

見つけた株式を独断で売ってしまうと、相続放棄ができなくなる

証券口座が見つかったとき、「値下がりする前に売ってしまいたい」という誘惑にかられることもあるだろう。しかし、遺産分割協議がまとまる前に相続人の一人が独断で株式を売却し、代金を使ってしまうと、相続財産を処分したとみなされて法定単純承認(民法921条)が成立し、あとから故人に借金が見つかっても相続放棄ができなくなる可能性がある。この仕組みは遺品を勝手に処分すると相続放棄ができなくなる?「法定単純承認」をわかりやすく解説で扱った通りで、株式や投資信託も現金や骨とう品と同じ「相続財産の処分」にあたる。相続人全員が売却に同意していたとしても、その同意の取り方や、売却益にかかる所得税の考え方については遺品を売ってお金に換えたい?相続人全員の同意が必要な理由と、無断で売ると相続放棄ができなくなるリスクで扱った内容がそのまま当てはまる。

暗号資産のように、取引所ごとに相続手続きの窓口や必要書類が大きく異なる財産についても、慌てて動かす前にまず全体像を把握することが優先されるのは同じだ。暗号資産の相続手続きや税務上の扱いは遺品整理で暗号資産(仮想通貨)が見つかったら?相続税と所得税の「110%課税」問題、交換業者への相続手続きを解説で扱っている。

封筒を開けた時点で、すでに手続きは動き出している

証券会社からの郵便物を見つけたら、まずすべきことは売るかどうかの判断ではない。死亡の連絡を入れて口座を凍結してもらい、残高証明書を取得し、その口座がNISA口座かどうかを確認することだ。NISA口座であれば非課税の扱いは死亡日で区切りがつき、そうでなければ死亡日の終値と3か月平均額の比較で評価額が決まる。名義がそのままでは何も動かせない代わりに、勝手に動かしてもいけない。この一枚の書類が、相続財産の全体像を左右する入り口になる。

この記事をシェアする

記事一覧へ戻る

コメント Comments

コメント一覧

コメントはありません。

コメントを残す

トラックバックURL

https://anshin-life.biz/archives/6508/trackback

関連記事 Relation Entry